たまには、自分語りなどを。更新が滞った時に書く、まぁ、リハビリのような記事と思ってください。

最近、mixiばかり

今年の初めくらいから、mixi始めました。

http://mixi.jp/show_friend.pl?id=2546105

「mixiを始めた」といっても、86%くらいは日記を書いているくらい。積極的にコミュニティに参加したり、mixi内で友だちを見つけたり──といった方向は、どうもいまのところ興味が持てないようだ──と自己分析。始める前までは、自分を招待してくれた友だち向けのネタ、いわゆる内輪向けの内容を書くのかと思いきや、毎日独り言のような内容に。それもまた、面白い。

「実社会ではコミュニケーション下手なのに、ネットでは積極的に発言!」みたいな人がいるみたいですが、自分には理解できないですね。むしろ、うらやましい。自分は、リアル同様、ネットでもコミュニケーション下手 X(

mixiでも、コミュニティでの発言を「ほー」とか「ふむふむ」とか、口に出さずとも心の声を出して読んで、はい、終わり、という感じ。自分から何か発言するときは、よっぽど「言わずにはいられない」時くらい。

「文字を読む」のが好き

仕事から帰ってくると、真っ先にPCの電源を入れて、すぐにFirefoxを起動。速攻でBloglinesを開きます。あとは、時間の許す限り、ひたすらBlogを読みまくり。「あー、今日もBlogの更新ができなかった。まぁ、mixiで適当に日記をでっち上げて、寝るか」という日々。

どうも、子供の頃から「文字を読む」のが好きみたいです。ご飯を食べているときも、「缶詰」や「ふりかけ」の裏に書かれている説明文を読んだりしていました。「三つ子の魂百まで」とは、よく言ったもので、いまだにご飯時は何かのパッケージを眺めながら食べています。

ただ、最近思うのが「毎日毎日、何百というBlog記事やニュースを読んだところで、ほとんど忘れてしまう」こと。では一体、毎日毎日費やしている時間は何だったのかと。

Output主義

やはり、Inputばかりしていても仕方が無いようです。大事なのは、InputしたことをOutputすることですね。

Piroタソがこんなことを言っています(Piroタソ呼ばわりかよ!)。

Webでの自分語りって、ナルシシストや自己顕示欲の強い人間にとっては結構アリな手段のような気がする。

(略)自分の発した情報を永劫に遺す(それは究極の自己愛の一つの形ではないだろうか)ことが可能なように思えるという意味で。形のあるデータとして遺らなくても、記憶には残るかもしれないし。

(略)自分の頭の中にある可能な限り多くの情報を書き付けて「自分の存在」をWeb上に移植したいからというところが結構ある。単に気が向くからやってるだけというところも、他人の役に立てたいからというところも、あるんだけれども。

Latest topics > ナルシシストと自分語りとインターネット - outsider reflex

本当に、いいこと書くなぁ(あれ、モニタがにじんで見えない)。最後に問題は、本当にこれで自分という存在の痕跡を遺せるのか?と締めてあるけど、少なくとも、ここにいる約一名の心には遺っています。

「自分という存在の痕跡を遺す」

ということで、いい言葉を聞いて心が動かされたので、これからもちゃんとBlogの更新を続けようと思いました(小学生の作文か)。

──と、二ヶ月後にまた更新が滞って、同じようなことを言うに100はてなポイント。

ref.

最後に、piroタソが執筆した本を紹介。

Firefoxを究める256のテクニック

『Firefoxを究める256のテクニック』

  • 作者: 下田 洋志, 大和 徳明
  • 出版社・メーカー: 秀和システム
  • 発売日: 2006/01
  • メディア: 単行本

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