『バクマン。』 163 ページ 「意思確認と承諾」 (週刊少年ジャンプ 2012 年 08 号)

DSCN4215.JPG個人的には──よそ見を誘う看板だと思う

個人の夢のために 作品をつまらなくしたくない。──このサイコーの言葉は、プロとしては正しいけれど、「マンガ好き」には考えさせられる発言でした。

公共の場に作品を発表する以上は、他人の理解を得ることで価値が出る──と自分は考えます。

衆人には理解不能な「芸術作品」でも、何億も出して欲しい人がいれば、それだけの価値がある。たとえ個人販売の同人誌であろうとも、相手が数人でも話は同じです。

つまり作品とは、作者のモノであって作者のモノではない──とも言える。作者が作品を独り占めしたいのであれば、発表しなければいい。新妻エイジは、自分のためだけに多くの作品を描いています。

「価値 = 価格」とは限らないけれど、単位として一番わかりやすい。そもそも「作品の価値は金額では計れないぞ!」と叫ぶ人のほうが、お金にこだわっています。「自分が好きなモノ」と「他人の評価」を混同している。

アニメ化について この問題を考える時期が、亜城木夢叶にも来ましたね。

僕達の作品が アニメになり

あまりにも最近は亜豆美保のことを話さないから、サイコーは彼女のことを忘れてしまったのかな──と思ったけれど、それは あり得なかった。

夢に向かって努力し続けることが、すでに日常的で当たり前になっているから、あえて話す意味がないのでしょう。「愛してる」って最近 言わなくなったのは──というゴスペラーズの『ひとり』で歌われた歌詞を思い出します。

大きなことを発言したり叫んだりする時には、サイコーは よく変顔になっていました。そのたびに このブログで取り上げています。しかし、今回は格好良かったですね! 亜豆にも見せてあげたい。

デートもなし(キリッ」という言葉は、「シリアスな笑い」っぽいけれど。

あれだけ アニメ化に こだわってきた

いつもシュージンの実力を認めているサイコーが、ここでは「引きのばしは作品の質が落ちる」と決めつけています。そうなる可能性は高いけれど、長く続けて より面白くなる未来を信じても良かったのに。それだけ作品を愛している。

作品も恋人も、同じように大事です。

思いと力を込めたサイコーの言葉を受けて、服部は面食らった。「そんな理由で がんばっていたのか……!?」と あきれたようにも見える。

笑い袋のオモチャみたいに大笑いする服部を見て、よりいっそう確信しました。恋愛経験レスな服部のことだから、サイコーの気持ちは分からないのか──と。そんなはずは なかった。

連載もやりたいように

個人の夢を優先して作品を描いても良いのか。

──冒頭で書いた問題に対する、1 つの答えが描かれている。「マンガを なめてるんじゃないか」という批判の声を気にしすぎることは、服部の言うように「大人に なり過ぎた」からです。

努力して作品の質を高めながら、みんなに作品の価値を認められ、そして個人の夢をかなえてしまう。どこにも悪い要因がありません。

ずっと夢を追いかけて良いじゃないか!

少年マンガのマンガ家という職業──いや生き方自体が、子どものころからの夢を追い求める体現者です。中学の時から持ち続けてきた夢をかなえようとするサイコーを、服部が応援するのは当然でした。

もっと早く服部に打ち明ければ良かった──という展開でしたね。恋愛については うとい服部ですが、その分だけ彼は純情なのであった。

2012 年のキーワードは「純愛」です!

ぜひ やらせて ください

服部の変わり身の速さには、相田も驚いたでしょうね。しかし、雄二郎が持ってきたネームのほうがビックリしたはず。

丸一日くらいでエイジは 20 話分のネームを描いてきました。しかも、描き慣れたマンガ用ではなく、アニメ用のネームになっているでしょう。当然のように、週刊連載用の原稿も仕上げながらの作業です。どんだけ筆が速いんだよ……。

亜城木コンビと出会ったころのエイジは、2 人と友だちに なりたがっていた。ライバルと意識しだしたのは、もっと あとの話です。その間もサイコーは ずっとエイジを追いかけてきたけれど、最近はエイジのほうが彼を追う形ですね。

美しきかな、男の友情!

──とキレイに終わりたいところだけれど、今回ばかりはサイコーも「エイジさん かんべんしてください!(迫真」と思っていたりして。

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