質問が苦手
ひとに質問することが苦手だ。できれば一生、質問はしたくない。人からの質問も聞きたくないのが本音だ。
過去に下の記事を書いた。これを読んで、「この人は、さぞかし質問が上手なことだろう」──と思った方は、申し訳ない。無理です。シツモン? 何それ、食えるのか?
医者との会話
たとえば、こんなことがあった。真夏に健康診断へ行ったときのことだ。あの日は熱かったなぁ──(望遠)。
高齢の医者から検診を受けた。医者に言われるままにシャツをまくると、厚着であることを指摘された。
医者「こんなに暑い日に、ずいぶんと厚着じゃないか。汗もかいている」
自分「あ、これ、腹巻なんですよ」(布地が腹回りにしかないことを見せる)
医者「なんでまた──」(腹巻なんかしているのか、という表情)
自分「えっと、自分は足が冷えるので、本で調べたら『腹巻をするといい』と書いてありました」(『心もからだも「冷え」が万病のもと』 簡単な「冷え」退治法 : 亜細亜ノ蛾)
医者「足が冷えるなら、お腹の周りを温めるといいですよ」
自分「そうですか」
医者「そう、たとえば──腹巻をするといい」
その医者は、患者に的確なアドバイスが出来た満足感から、じつに良い表情をしていた。
──しかし、医者と自分の会話を要約すると次の通りだ。
「足が冷えるので腹巻をしているようだが、足が冷えるなら腹巻をしたほうが良い」
自分が人に質問すると、このような結果に終わることが多い……。
自分の質問の仕方
「A をするには、どうしたら良いですか?」
という質問には、的確な答えを聞いたことがほとんどない。すでに知っていることを話されたり、的外れな意見を聞いたり──挙句の果てに「なぜそんなことを(私に)聞くのか」という顔をされたりする。
そこで、
「A は B だと思いますが、違いますか?」
といった、「はい/ いいえ」を言うだけで済むような質問を考えている。しかし、それだと質問できる幅が非常にせまくなる。それに、質問する前に自分で答えが出てしまうことも多いのだ。
けっきょく、次のような質問をすることになる。
「A をするには B か C か D という方法が良いと(自分は)思いますが、(あなたは)どれが良いと思いますか」
以上のように、自分で考えて、答えを限定して、ようやく質問できるようになる。──これでは、ただのアンケート調査だ。
本当は、上記の質問をしたときに、自分が考え付かなかった E という選択肢を考え出せる人を望んでいる。
人は、このような限られた答えを示されると、ほかの考えを思いつかない。その結果、A-D の中から答えが返ってくるだけだ。
議論の終わりは
さて、ここまで読んだ人の中には、次のように思った人もいるだろう。
「だったら初めから『A をするには、どうしたら良いですか?』と聞けばいいじゃないか」
──うん、そうですね。
このように、前の章で初めに書いたことが無視される議論を、何度も知り合いと重ねてきた。
つまるところ、
「それは○○(自分・asiamoth の本名)くんの聞き方が悪いんだよ」
という、ありがたいお声をちょうだいして終わるのである。
まとめ
自分でも分かっている(つもり)だけど、自分の質問の態度が悪いのだろう。
自分が求めているのは、
「言葉足らずな自分の質問を 1 聞いたら 10 答えてくれる人」
という超人である。「そんな奴ァいねェよ!」と言いたくなるはずだ。
しかし──、過去にいたんだよ。そんな、スーパー・オレ(asiamoth)解読人が。しかも、男女ひとりずつ。そいつらとの会話は面白かった──麻薬のような快楽だった(こんなことを書くと、察しの悪い人が「え、アナタは麻薬をやったことがあるのですか !?」と思うのだろうか)。
その二人と出会って以来、「みんなが自分の言うことを察してくれる」と勘違いしていた。最近になって、ようやく間違いに気が付いたのだ。そうか、ほかの人はテレパスじゃないのか……。
『七瀬ふたたび』 筒井康隆 – 超能力者たちの行く末は : 亜細亜ノ蛾
普段の会話でも、相手の思考を先回りして、誤解のないように答えを用意して、もはや質問になっていないような質問をしている。ほとんど、最終確認のようだ。
こんな感じに:
そのおかげで、相手が考えるパターンや反応が読めるようになってきた。もちろん、完全ではないけれど(このように、「読心術が使えるのかよ!」というツッコミを先読みして防止するクセが付いた)。