HUNTER×HUNTER No.289『条件』 (週刊少年ジャンプ 2009 年 01 号)
マンガ作品を読んでいて「大前提を疑う」場面に感心することが多い。
例としては『カイジ』が分かりやすいだろう。読者は、作品の中でルールを読まされると、めったに疑わない。それを信じなければ、何も信じられなくなるからだ。『カイジ』では、前提となる条件を何度もひっくり返した。だが、それによって悪い意味で「だまされた!」と感じる読者はいない。そのバランスと発想が最高に面白かった。
我らが冨樫作品でも、大前提ひっくり返しで楽しませてくれる。とくに、『レベルE』から その芸風が色濃くなってきた。ただし、『レベルE』では「話の流れを壊す」ことがメインで、『H×H』では「キャラの設定を壊す」ことが主である。ヘタをすれば「キャラが安定していない」と取られかねないが、そう思わせないのが見事だ。
「不良が雨の日に子犬を拾う」のような(たとえは最悪だが)意外な一面を描いたり、成長の過程で心情が変化したり、さまざまにキャラが変化していく。それでも、その人物の芯は揺らがない。
今週号では、ユピーの変化が明確に描かれた。それが良いことかどうか、分からない。ユピー自身も戸惑っているようだ。彼の怒りは、思いは、そして生きるためには、どこへ向かうべきだろうか……。
モラウの叫び
ユピーが対等の条件
を提示してからの展開が熱い!
モラウが叫んだあとのメレオロンが取った行動を、初めて読んだときには理解ができなかった。「なぜ、いま?」と。モラウを見捨てた、と誤読してしまった。すぐあとで行動の真意が分かり、納得できた。もし、この場面で「次回へ続く」となっていたら、メレオロンに不信感を抱いたまま一週間を過ごすところだ。
ただ、それでも気になる点がある。この時のメレオロンは、ナレーションによると我に返った
そうだ。それまでは正気ではなかったことになる。しかし──ナックルが登場する直前にしようと思っていた行為と、今の行動は変わりがない。ささいなことだが、ここが腑に落ちなかった。
命懸けの全て !!!
ふたたび、「何のために戦っているのか」が問われる場面である。
ここで、ナックルのハコワレについて、そして冨樫マンガの欠点と利点について、素晴らしい考察のページを紹介する。
そろそろ次のハコワレ算をしておくか(HUNTER×HUNTER・No.285『分身』) – フタゴ・フラクタ
そう、ナックルのハコワレって、本当に「一発当てたらあとは逃げ回るだけ」が最強の戦略になるのだ。「理に合わない戦いに身を投じるナックル」
ではなく、クラピカやキルアあたりが習得するべき能力に思える。ナックルの逃げ足の速さには合っているが、性格には合わない。
とはいえ、この場面でナックルと違う決断をする人物は、討伐隊の中にいるのだろうか? メレオロンも、ハコワレの能力者が自分だったら、今と同じ考えは しないだろう。──そう願う。
ところで、相変わらず見開きの使い方が上手だ。──と思うのは冨樫ファンだけである。他の読者から見れば、たんにシュールで笑える絵か、手抜きかに見えるだろう。両方とも当てはまるのだが、それでも良い絵に見えるのが冨樫マジックである(オレ、だまされてる?)。
やなこった
もう、ユピーって仲間で良くね? と思った。「好敵手」と書いて「とも」と呼ぶ、みたいな。
本当の意味で、ユピーが仲間になる──ナックルたちと行動を共にすることは、ないだろう。それは、あってはならないこと──ネテロ会長と王との会話を聞いて、そう確信した。
──いや、読者のひとりとしては「和解して丸く収まる」終わりをいまでも望んでいるが、それはハンター世界の破壊を意味する。『幽☆遊☆白書』を繰り返す気は、作者にないだろう。
作者が残酷なのは、王と護衛隊を「完全な悪」と描かないところだ。その上で、なんとなくキメラアントと人間との共生の道を臭わせつつ──完全に否定してしまう。この作品が(完全超悪が出てくる)勧善懲悪ものだったら、こんなに悩ましい展開にならないのに……。
戦いを通して、ユピーは王と同様に生かすに足る人間がいる事を知った
。王にとって大事な人間・コムギを救うことで、ピトーも同じ事を察しただろう。しかし、プフは納得できないのでは。それが、いま一番危険に感じる……。
コメント
ナックルが現れて、場に飲まれてしまって思考も行動も膠着してしまってたところ、
モラウの叫びで、新たに自分がやるべきことに気付いたということでしょう。
モラウの叫びがなければ、その前に自分だけでも助かって、
自分の能力で他の仲間を助けるとかんがえていたことすら忘れたまま、
そこに留まっていたでしょうし。
>ハコワレ
以前、念の説明で自分の趣味趣向と向き不向きが一致しないと、
せっかく(趣味趣向により)発現した能力も上手く使いこなせない、というものがありましたが、
ナックルの場合は逆で、逃げ足という身体能力にあわせて作った能力が、
「理に合わない戦いに身を投じる」というナックルの思考、戦闘スタイルに、
まったく合ってなかったということなんでしょうね。
しかし、このあと、ナックルはどうするのか気になりますね。
彼の甘さ、考え方は彼が彼であるためには捨てれない考え方だと思うので、
これを捻じ曲げることは絶対できないと思うんですよね。
だから、戦闘をきっぱりとやめるか、
敵に屈しないだけの強さを手に入れるしかないわけですが、
強くなるにしたって上限がありますし・・・。
もっと別な能力に目覚める前フリなんでしょうかね?
ナックルの今後、ですか……。心情的には「ユピーたちと共にキメラアントが安心して暮らせる国を作る」みたいなことを望みます。しかし、無理でしょうね。
何度も繰り返し思うのが、上記のようなことを書くと「ヒトを何人も殺しているヤツを許せるのか」みたいな反応があるでしょう。
しかし──じゃあキルアは? ハンター協会会長がゾルディック(賞金首)を雇っていいのか? といった迷宮に入り込みます。
作者の善悪観について、一度きっちり聞いてみたい!(答え: 「何それ? 食えるのか?」)
そういえばもともとナックルが討伐隊にはいったのは討伐させないため、という理由だったから、
ナックルが彼の信念を通すなら、味方の命も敵の命も救うという道を選ぶはず、ということですね。
と・・・、それを考えると逃げ足の速さだけではなくて、
敵を傷つけるような。死に至らしめるような能力を選ばなかったという点でも、
ハコワレはナックルらしい能力という気もしますね。
>ハンター協会会長がゾルディック(賞金首)を雇っていいのか?
ゼノがハンターかどうかはしらないですが、
ハンターなら殺しが許されるという世界観なので、
悪人かどうかとハンター協会から依頼する仕事を任せられる相手かどうか、
というのは全く関係なく、任務を遂行できる実力があるのかどうかだけが問題となるのではないでしょうか。