『バクマン。』 コミックス 3 巻 「デビューと焦り」
とうとう『バクマン。』の単行本も 3 冊目である。
驚くべきことに、まだ連載が開始されてから 1 年も経過していない。もう 3 年くらいは この作品の感想を書き続けている気がするのだが……。
Reviewer: あじもす @asiamoth,
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とうとう『バクマン。』の単行本も 3 冊目である。
驚くべきことに、まだ連載が開始されてから 1 年も経過していない。もう 3 年くらいは この作品の感想を書き続けている気がするのだが……。
Reviewer: あじもす @asiamoth,
ようやく、亜豆の異変にサイコーは気が付く。いくつも亜豆からの「サイン」は来ていたが、仕事の忙しさに まぎれてしまっていたのだ。
このあたりは、高校生の話とは とても思えない。「ビジネスジャンプ」あたりに載っていそうな展開である(「ヤングジャンプ」だったら、とっくに亜豆は脱いでいるだろう)。
それより何より、ミホのメールは分かりにくい!
女の子から来るメールに潜む地雷原を見つけ出すことは、非常に困難を極める。当たり障り無く「そうだよね! 僕もそう思うよ(^_^)」みたいな返信で爆発することもあるのだ(この場合は、顔文字が「アタシがこんなに真剣に悩んでいるのに、何をふざけてるの!」である)。
いまから書く感想の範囲には、気になるメールでの会話がある。
(ちなみに、ここは『バクマン。』の 1 話に対して 4 回分くらいの感想を書くという、fool ……もとい cool なブログです)
真城が「元気ですか?
」とメールを送ると、亜豆は「うん 元気だよ(笑)
」と返す。──まったく中身のない会話である。
自分も本当のことが言い出せずに、過去に何度も意味のないメールを送った。そのたびに、さらに意味のない返事が返ってくる。
こういう時に、女の子は何を思って返事を書いているのだろうか……?
「状況と人による」が答えだとは思うが、いままで出会った女性は、みな同じ反応だった気がする。
──すなわち、「気がない男への返事は、そっけない」のだ。
もちろん、『バクマン。』の作中で真城と亜豆は、恋人同士(仮)である。距離は離れていても、お互いの心は通じ合っている──はずだ。それなのに、このような意味のない会話になるのか。
とはいえ、恋する者同の会話の 8 割以上は、中身がないものだ。
ヘタに中身がある会話──「ちょっと、ここに座ってくれる?(作り笑顔で)」とか「最近、病院に行ってきたんだけどね……」とか「○○くんって、『子どもが好き』って言ってたよね?」などと切り出されるよりは、当たり障りのない話のほうが気楽だ。
今週号で 1 番笑えたのが、亜豆の見ている卒業文集である。──最後まで読み終わると、単純には笑えないが……。
ここですかさず、今週号の『いぬまるだしっ』を見てみよう。あきらかに、この文集のパロディが描いてあるのだ!(これまでのあらすじ
の最後)
『バクマン。』の作者と大石先生とは、交流があるのだろう。うらやましい……。
うらやましいと言えば、亜豆たちが小学校を卒業したのは平成 18 年度
である。あらためて気付くが、若い! その若さこそが、もっとも手に入らないものだ。
今週号の『バクマン。』には、ビックリした点が 2 つある。
それは、高浜という人物と描写と亜豆の言動だ。この 2 人への印象が、大きく変わった。
──いや、やっぱり「亜豆は よく分からない」という部分には変化がなかったけれど……。
人の印象なんて、そのときどきで変わる。
ヤ■ザだって猫をなでる時はウットリとした笑顔になるし、しょこ■んだって たまには「キモオタ、ギザウザスッッッ」と思うこともあるだろう(ないかも)。お笑い芸人の多くが、普段は無口で無愛想──というのは有名な話である。
「あの人は○○だ」なんて決めつける人は、よっぽど人を見る目がないのだろう。あるいは人嫌いか。
マンガのキャラクタは記号的であるほうが良い、という向きもある。なるほど、「ピカチュウ」「バケラッタ」「なん……だと……」としか言わないようなキャラクタは、分かりやすい。
しかし、本作品のミリョクは、人物の描写が真に迫っていることだ。『DEATH NOTE』もそうだったが、『バクマン。』のほうが、よりリアルに感じる。
今週号の見どころは、やはり、ラストシーンである。
ハッキリ言って、ベッタベタだ。「ご都合主義」とか「お約束」「お涙ちょうだい」といった言葉が頭に浮かぶ。
──でも、オレはそんな話が大好きだ!!!!
作中の季節は寒いのに、温かい気持ちになれて良かった。
ひととおり感動させたあと、最後の最後で笑いも取っている。カンペキだ。
それより何より、ものすごく珍しい表情の蒼樹紅が見られた。それだけで、幸せである。
いちど言ってしまったことで、引っ込みがつかなくなる。──よくあることだ。
レギュラメンバは全員が足の速い選手──というムチャな設定にしてしまったせいで、「どう見てもチート」な女性選手を登場させたり……。
『アイシールド 21』小泉 花梨のトンデモ描写に失望 : 亜細亜ノ蛾
一方、『黒子のバスケ』では「全員、20 点がノルマ──ただし黒子は特別に除外」とアッサリ描いた。
──そりゃそうだ。選手にはそれぞれ役割分担がある。ピッチャにホームランを要求するカントクはいないのだ。
(ところで、この作品を「ホクロのバスケ」という不思議なタイトルと思っている人は、いないだろうな……)
役割を無視したおかげで、もうだれも小泉なんて覚えていないよ……。いいキャラクタなのに、「なかったこと」になってしまった。
勢いで言いだしたことでも、柔軟に対応するべし、という教訓と思っておこう。
(などと言いながら──。そもそも「小早川瀬那は、足は速いけど腕力は平均以下」という設定もウヤムヤだ。セナが阿含の頭を片腕で押さえつけて倒したときには、すでに「もうダメだ」と思っていた。今週号では、セナが進の技まで使うし……)
今週号の中井も、自分が言い出したことのために、大変な思いをした。
それでも──男に生まれたら、決めたことを貫き通す必要がある。それが、男の生きる道だ。
「え、この男女同権の時代に、なに言ってんの?」という人は、もう一度『バクマン。』を一話目から読み返そう。どう見ても、戦後・昭和の「男性中心社会」の香りがする作品なのだ。男のロマンがテーマである。
アシスタントの加藤は、この作品では貴重な「普通の女性」である。
亜豆のいない間に、あれよあれよと『バクマン。』界のヒロインへと上り詰める──と思われた加藤だが、そんな気配は ないようである。ほとんど「連載にはアシスタントが必要」という説明のためだけに登場したのようだ。
加藤は意外と、奥が深そうな女性に見えるのだが……。
ふと思った。「加藤のコスプレ」をするコスプレイヤは存在するだろうか。──本人が意図しないまま、イベントの行き・帰りで そうなっている人は多そうだが(禁句?)。
そうやって加藤を見ていると、なんとなく『げんしけん』の大野さんを思い出す。二人は あまり似ていないのだが、根っこの部分から同じニオイがする。
加藤も「何とかが嫌いな女子なんていません!」と思っているのかもしれない……(何とかとは?)。
少年マンガでは次回への「引き」がお約束となっている。先週号の『バクマン。』では、非常に気になる終わり方をしていた。どうなったのだろうか?
テレビ番組がコマーシャルへ移る際の引きは うっとうしいだけだが、連載マンガの引きは燃える。続きが気になって仕方がない。中学生の時に週刊少年ジャンプを読み始めてから、ずっとこうだ。
「少年の心をいつまでも忘れない」と書くと美しいが、実際には(省略)な今年 35、である。
いま、ジャンプのマンガで引きが一番ウマいのは、『トリコ』だと思う。上手というか、独特だ。
次回への引きは、当然ながら「先が読めない」ような描き方をする。当然だ。しかし、だいたいは予想のできる材料が残されている。たとえば、「主人公が大ピンチに落ち入った・これからどうなる?」──という引きには、リスクのある必殺技や生き残っている仲間の存在を臭わせる、という具合だ。
それに対して『トリコ』では、それまでに出てこなかった単語をポンッといきなり出して、次回へ つなげたりする。先週号の「オートファジー」がそうだ。たしか「GT ロボ」という単語も話の終わりで急に出てきた覚えがある。
この引きには、分かりにくくなる危険性が高い。
自分は、先週号の終わり方を見て「これまでに自食作用なんて出てきたっけ?」と必死に思い出そうとした。それより何より、トリコが口に入れるべき「最高に 美味いもん
」とは、リンの■■と思った人も多いのでは?
『バクマン。』では、そこまで分かりにくい引きは少ない。それよりも、各話の最初から最後まで、目まぐるしく状況が変化することが特徴である。1 ページ目を読んで、ラストの場面を予想することが不可能に近い。
今週号の話を読み終わると、蒼樹紅への印象も大きく変わるだろう。
鳥嶋が語る可能性の話を聞いて、「コップの水が半分」問題を思い出した。ちょうど鳥嶋がグラスを手にしているところから、すこしは意識しているのかもしれない。
コップに入った半分の水も鳥嶋の言葉も、「ポジティブシンキング」の一言で片付けるのは もったいない。
「言葉や概念を知っていること」と「その言葉の本当の意味を考えること」とを同じように考える人が多すぎる。──自分もその一人だ。気をつけよう。
夢もチボーもないハケン社員の今年 35 歳オス、である自分にも可能性は無限にある と考える
──ことができたらなぁ………………。