十角館の殺人
ミステリィ初心者にオススメの一冊です! トリックがじつにミステリィらしく、そして「“たった一行”が世界を変える」ミステリィの醍醐味(だいごみ)が味わえます。
もちろん、根っからのミステリィファンなら必読ですね。「新本格派ムーブメント」の始まりとされ、しかも 20 年も前の作品なので、読んだ方も多いでしょう。
綾辻行人氏のデビュー作である本作は、2007 年の 10 月に新装改訂版が出版されました。一作目ということで、自分が書きたい物をすべて書いた、という勢いが伝わってきます。
昔の海外作品を和訳したような文体と、登場人物のニックネームが大御所ミステリィ作家という遊び心で、古典を読んでいるような楽しさです。
新装改訂版「あの一行」が効果的に配置され、心の底から驚きました。初めて読んだ人は、「──え、なんで !?」と驚くこと請け合いです。
メイントリックについて
やっぱり、本作を語る上で、真相が明らかになる「あの一行」に触れるべきでしょう。
何冊かミステリィを読んだ人なら、それまでにいくつか気になる記述があったはず。自分の場合、「本土」での何気ない風景の説明で「──ん?」と引っかかったのですが、確信には至りませんでした。
それより何より、もっと初期の段階で犯人を臭わせる場面がはっきりと描かれていて、大胆さに二度ビックリ。再読の際、「なんでここで気がつかなかったんだー!」と叫びたくなるかも。
しかし、ミステリィ読みの習性で、「悔しい! まただまされた !!」とニンマリ。満面の笑顔で「解決編」を読みました。そうそう、この解決編が長いのも、クラシカルで良いです。
人は騙されても怒らない。むしろ騙されたい。不思議な欲求である。
『森博嗣のミステリィ工作室 (講談社文庫)』 p.245
手品師でも女性でも、もちろんミステリィ良いけど、できれば上手にだまして欲しいですね。
そのほかの謎について
メイントリック以外でも楽しませてくれます。
たとえば、このような謎かけが(唐突に)出てきたり。
「上を見れば下にあり、下にあれば上にあり、母の腹を通って子の肩にあり」──何のことだか分かるかい
『十角館の殺人 新装改訂版 (講談社文庫 あ 52-14)』 p.214
トランプを使ったマジックもいくつか出ますが、そちらは「種明かし」がないので、ちょっと気になりますね。どこかで解説ページがあるかもしれません。
また、なんといってもこの「館シリーズ」最大の謎が、十角館などを設計・建設者、建築家の中村青司(なかむら せいじ)です。
ネタバレになるので詳しく書きませんが、彼の存在感が作品全体に漂っています。彼の最期として語られている「青屋敷」での一件は、真実なのでしょうか──?
まとめ
『時計館の殺人』でも書いたけど、トリックの完成度だけに注目して読む、すれっからしのミステリィマニアには「館シリーズの」トリックは、少し物足りないかも。
『時計館の殺人』 大がかりなトリックの影に潜む思い : 亜細亜ノ蛾
なんというか、古典ミステリィへの愛が深いからか、どうしても過去の作品のトリックに似てしまう。または、「昔のミステリィならこのトリックだろう」と予想ができる。
しかし──、ミステリィはパズルだけではないので、ほかの部分にも注目して読んで欲しい。
たとえば本作は、中村千織(ちおり)が「不在の中心」になっている。その周囲にいる人たちの感情を、それぞれ考えると──、この作品の味わいが深くなる。
できれば作家も読者も、トリックのことだけを考えることがないように願う──。