• 更新:
  • 投稿:
  • カテゴリィ:

諫山創 『進撃の巨人』

Murder Ballads
(森の小屋にも──絶望が満ちていた)

ひとことで言えば「悪趣味な作品」ですね。そして自分は「センスの良い悪趣味」が大好きだ。だから『進撃の巨人』も大好物です! 文句なしに面白い。

正しく「少年マンガしている」ことも注目すべき点です。戦闘シーンが素晴らしい。

よくある「技名を叫ぶ」→「ドンッ! と効果音」→「スタイリッシュに決めポーズ(どやぁ」みたいな、肝心の部分を描かないゴマカシで逃げていません。むしろ戦いの場面を「描きすぎ」ていて、直視しにくい。

この作品に登場する「巨人」の不気味さは群を抜いています。たとえばラスボスと思われる「超大型巨人」は、胴体も足もしっかりとした筋肉質(なにしろ筋肉が見えているくらい)なのに、腕が異常に細い。

ほかの巨人も手足のバランスがデタラメで、一目見て「ヒトじゃない」ことがすぐに分かります。まるで人間のように個性が豊かで、「生理的にイヤな顔」をした巨人が いろいろと楽しめる。

外見だけではなく設定も最悪に「いい趣味をしている」巨人については、あとで あらためて書きます。

公式サイトの「コミックス」から第 1 話が試し読みできるため、どうぞ ご覧ください。サイトの作りから『進撃』に かける意気込みが感じられますね。それだけの価値がある作品です。

進撃の巨人 公式サイト
進撃の巨人 公式サイト

巨人が生まれる前の世界

「ヒトからしか栄養を摂取できない存在」を描いた作品は、これまでにも山ほどありました。吸血鬼モノが代表ですね。人でありながらヒトではない悲しみは、人間が持つ孤独感と つながっている。不変のテーマでしょう。

また、「食物連鎖の頂点としての存在」に人類以外を配した作品も多い。代表作品は『聖書』──と書くと問題があるかな。

上の作品群から感じることは、「人間は 人間にしか 興味がない」という当たり前の事実です。人間への(やや ゆがんだ)愛情を感じる。

巨人と人類

それに対して『進撃の巨人』は どうか。

人間を「ただ食べるだけ」という巨人の設定が最高に えげつない。巨人たちはヒトしか食わないのに、ヒトを食わなくても生きられる。

アルミンが言ったような、強い者が 弱い者を食らう存在の象徴が巨人──ではない点が新しかった。

「弱肉強食」は人間が考え出した都合だけで、巨人は勝手気ままに うごめいている。「人の気も知らず」に「人を食ったような」生き物が、いまわしき巨人たちなのです。「生物」かどうかも怪しいし。

なんという悪魔的な存在なのでしょうか! ──いや、悪魔ですら人間(の魂など)を貴重に扱うけれど、巨人にとっては「遊び道具」でしかないように見える。

巨人と人間との関係は、まるで猫と虫みたいだ

多くの猫はモゾモゾと動く虫を見つけると、爪で引っ掻いたり口に含んだり吐き出したりする。遊び終わったあとに残るのは、つかの間の満足感と無残な亡きがらだけです。

べつに猫は「虫を滅ぼすために生まれた」わけでは ありません。しかし、虫からすれば猫は死神のようだ。そう、「神に等しい存在」です。このあたりが、巨人と人間に似ていると思う。

緊張感の描き方

絶望感の演出も素晴らしい!

進撃の巨人 (2)』に出てくるリフトを使った奇襲作戦や、『進撃の巨人 (3)』の巨人で作った肉の防護壁は、非常に よく考えられています。ベストの行動と言っても良いでしょう。

それなのに、まったく巨人に勝てる気がしない……。

巨人の強さが圧倒的であることと、意外にも素早いことが、絶対的な恐怖感を植え付ける。さらには行動が読めない「奇行種」まで出てきたら、どう考えても「詰み」だという結論が出てしまう。

第 7 話の「ガスの補充ができない理由」を知った時には「おいおい……」と思ったけれど、そりゃ戦意もなくなるよなぁ……。あの場所に自分がいたら、まず隠れる場所を探すくらいの行動しかできません。

安全な位置から客観的に見ている読者ですら そう思うのだから、現地にいる人間は生きた心地が しないでしょう。作中でも描かれていたように、巨人に食われるくらいなら自分の手で──という者も多いはず。

少年マンガであること

ちゃんと少年向けのマンガとして楽しめる所も良いですね。とくに「立体機動」の格好良さは特筆物です。ネズミが象に挑むような戦いに、「もしかしたら」という希望を与えてくれる。ほんのすこしだけ……。

「立体機動装置」の設計は現実的で、最初から実写化を狙っていたかのようです。──あるいは、自作派コスプレイヤへの好意だったりして。

絶望しきった人類のなかで、ほぼ唯一無二の「夢を持った人間」が、主人公であるエレン・イェーガーです。この点も少年マンガの基本を外していません。二重の意味で「熱い」主役ですね。

対人格闘では(ミカサを除けば)仲間のなかで一番 強いし、「超大型巨人」に立ち向かった人間はエレンだけでした。

この「最初から強い主人公」は、数年前からの流行ですね。『バクマン。』によれば、「序盤から飛ばしていかないと人気が取れずに打切りになるから」という理由だったりする。

バクマン。 3 巻 「デビューと焦り」 福田の野心と中井の約束 | 亜細亜ノ蛾

残酷な世界

ミカサ・アッカーマンは身も心も強い──強すぎる。「死体がどうやって 喋るの?」(第 5 話)はゾクッとしたなー。

第 7 話の「戦わなければ 勝てない…」や「この世界は残酷だ… そして… とても美しい」など、ミカサには名セリフが多いですね。口数が すくないだけに、一つ一つの言葉が輝いている。

そんな彼女も、幼いころは弱かった。幼少時のミカサとエレンが初めて出会った場面(第 6 話)が すさまじい。あんなことがあったら、エレンを盲目的に信じる気持ちも分かります。恋よりも濃い絆で結ばれている。

去りゆく主役

第 3 巻までの主人公は、じつはアルミン・アルレルトなのではないか──と思っています。

エレンもミカサも異常に強すぎて、人間味が薄く見える。彼らのキャラクタが固まってくるのは これからの話です。それまでは、読者の立場に近い(ように思える)アルミンに注目すると、素直に感情移入がしやすい。

感情を込めて読んだ分、あとで──。

エレンやミカサの お荷物になっているのでは──とアルミンは自分で勝手に思っていた。この「正義感と自己保身が紙一重」な点も主人公っぽい。少年と青年との間にいる年ごろを上手に描いている。

そもそも「友だちとは対等で いなければならない」という考えが間違いです。超人 2 人は、そんなことを考えたこともない。

興味深いことに、「外の世界」の魅力をエレンに教えたのはアルミンでした。

ちっちゃなころから悪ガキ──どころじゃない殺傷力をもったエレンは、ナイフそのものです。「ナチュラル・ボーン・駆逐シテヤル」な彼に希望を与えたのは、母親や父親ではなくアルミンだった。そしてミカサは「エレン命」です。

つまりアルミンは、エレンとミカサの人生──「人間としての生き方」を支えている。この 3 人の力関係が絶妙です!

こうやって 3 人が中心となって巨人たちに立ち向かっていくのだろうな──と思いながら読み返すと、すでに第 2 話で「そうは ならないこと」が暗示されている。

これが作者・諫山創(いさやま はじめ)の連載デビュー作とは信じられませんね! 話の運び方が抜きんでている。いったい、何手先まで考えて描いているのだろう?

ドット・ピクシス 人類以外の巨大な 敵が現われたら 人類は一丸となり 争い事を やめる だろう それなんてハリウッド映画? ここから去るがいい !! ここで死んでくれ !!

謎の引力

多くの謎で読者をグイグイと引っ張っていく。この点も少年向けのマンガらしくて大好きです。

すべてのカギを握っていそうなエレンの父親であるグリシャ・イェーガーは どこにいるのか。「地下室」に何があるのだろう。

また、アルミンが指摘した巨人の本質的な 謎は解けるのか。というよりも──、その謎が解き明かされた時に感動できるかどうかが心配です。

第 1 巻のラストは、「え!!!?」と本当に腹の底から声が出ました。いままでの展開は何だったのか──と叫びたくなる。そのまま読み進めたら、第 2 巻の最後で もっと大きな声が出た

おわりに

前述の「リフトいけにえ作戦」では、ライナー・ブラウンが「こいつを 奴らのケツにブチ込む !!」という「裏技」を明かしています。

──これ、ウソだって気がつきましたか? 自分は まったく冗談だと分からずに「そうなのか!」と納得してしまいました。たぶん、サシャ・ブラウスは信じ切っているのでは?

(ふと思ったけれど──、絶体絶命のピンチに落ち入ったサシャが、ライナーの言葉を信じて巨人の お尻に剣を突き立てる展開があったりして。それが彼女の最期の勇士であった……)

第 2 巻のラストで度肝を抜かれた直後に「悪ふざけ」(オレ達の戦いは これからだ !!!)は、巻末の お約束になっていきます。しかし、最初に見た時は本当に終わったのかと思った。

そう、じつは この「分かりにくい笑い」が作者の最大の持ち味です。多くの読者にとっては、こういった「お笑い要素」が最大の謎かもしれませんね。

巨人を うしろから襲って「すいませんでしたぁ !!」──のコマで、すでにお笑い担当のサシャは立ち位置が固まりました。第 4 巻から先は、彼女の至高のギャグが満載です。

人類にとって つらい戦いになるぞ……。

[2] このページの一番上へ戻る