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『HUNTER×HUNTER(ハンター×ハンター)』 No.7 「これから」

Aztec double-headed snake - British Museum 双頭の蛇も──もはや崩れ去る寸前

第 7 巻の後半は、「二面性」をテーマに感想を書きました。「善と悪」とか「陰と陽」みたいな話ではなく、作者の芸達者ぶりを称賛するという、いつものノリです。

たとえば No.061 「決戦」の扉絵は、リアルなヒソカの描写と、コミック・タッチな 4 人との対比が面白い。「週刊少年ジャンプ」に掲載された時はカラーになっていて、とくにヒソカの顔はドキッとするほど生々しかった。

この「リアル寄り」・「マンガ寄り」の画風を描き分けられることが、冨樫先生の特長の 1 つですね。

個人的に一番すごいと思うのは、ヒソカのように「リアル寄りのコミック・タッチ」という難しい絵柄を体得しているのに、「ほっぺたやアゴが とんがったマンガ絵」を主体に描いていることです!

どんな絵柄が読者にウケるのかを、魂で把握している。

No.059 「及第」

扉絵に長髪のクラピカが登場しました! 武者修行中といった感じです。本編に登場しなくても、こうして元気な姿を見られるだけで うれしくなる。

遠い未来では、このような情報すら描かれない……。


リールベルトの車いすは、よく見ると手で車を動かせない(動かしにくい)。「爆発的推進力」(オーラバースト)を使わなくても、普段からオーラで駆動しているとしたら、良い念の修行になりそう(電動の可能性あり)。

双頭の蛇」(ツインスネイク)による「双頭の蛇による二重唱」(ソングオブディフェンス)は、ただムチを振り回しているだけでした。ギドの「竜巻独楽」も そうだけれど、相手に逃げ回られたら勝ち目が なさそう。

双頭の蛇の正体」(サンダースネイク)など、いろいろと手の込んだ武器を使うリールベルトですが──、単純に散弾銃あたりを持ってくれば良いと思う(身も蓋もねェ!)。

でも、『幽☆遊☆白書』でも描かれたように、引き金を引く時の筋肉の動きなどで、簡単に見切られるのかな。

マトリックス』以降は、「剣は銃よりも強し」という暗黙のルールが、創作の世界では常識となっている。あれは偉大な「発明」だったと思う(元祖は別の作品だろうけれど)。


自分から技名を明かして戦う描写は好きではありません。冨樫先生も同じような考えなのか、今後は内心で叫ぶだけになっていく。

しかし天空闘技場においては、選手が技名を叫ぶ意味は あります。司会者が技を解説できるからですね。そう、これは「試合」であって「殺し合い」ではない。観客を喜ばせることも必要です。

ゴンの「石版投げ」も派手で お客さんも大喜びだけれど──あとで修理代を請求されていそう。


ヒソカが解説役に「華麗なる転職」をしています。試合を見ていて抑えが利かなくなり、思わず口から言葉が出た──という感じがする。

試合の後で わざわざゴンを迎えに行った時も、「すでにギド戦で一勝しているのに どうして来てくれなかったんだい?」と思っていたりして。

気長な死神も焦らせるほど、果実が色づくのは早い。

No.060 「合格」

念の 6 つの属性を表わした「六相図」は、今後も ずっと基礎の基礎として通用します。たとえば、後になって「裏・六相図」だとか「真・六相図」などと水増ししたり、「属性の概念を打ち破る○○を編み出した!」なんて展開は ありません。

虚構の世界に現実感を与えることが、作家の仕事──使命であると思う。ところが、恐ろしいほど多くの作家が、自分で創った世界を自分で壊している。

──壊した上で、さらに面白い世界観を上書きする荒木飛呂彦先生のようなスタイルは最高なんですけどね。


オーラの系統を見分ける「水見式」は作者も お気に入りなのか、今後も特徴的な場面で出てきます。一生 忘れられないシーンでも……。

微妙な点は、この水見式が「心源流に伝わる 選別法」であることです。ほかの流派では どんな方法を使うのだろう? 「フルマラソンを完走した時の汗の かき方によって──」だったらイヤだなぁ。

ワクワクしながらコップを見つめる 3 人は、理科の実験でドキドキしている普通の小学生みたい。オトナ顔負けの言動が目立つゴンとキルアも、たまに子どもの顔を見せるから、よりいっそう深みが出る。これまた二面性です。


水の味が変わる」という変化系の特徴は、人類で初めて見つけるまでに時間が かかったでしょう。変化系能力者の始祖たちは、「オレには才能がないんだ!」と何人も あきらめていったかもしれない。

変化系の能力者が水見式をした場合、人によって味が変わりそうです。ヒソカは何味なんだろう? とてつもなく変わった味になりそうですね。

電話で話している時のヒソカは、拘束具のような衣服以上に まがまがしい表情をしている。欲望が抑えられない感じです。なにしろ開口一番、「やあ 待ってたよ」ですからね。つれないゴンに振り回されているみたい。


サトツ試験官は、「ハンター試験が まだ 終わって いない」と言っていました。その真意は、じつは彼が悪者で「ここからは私の試験ですよ……(ズズズ」──ということじゃなくて、念能力の会得についてでしたね。

HUNTER×HUNTER 5 巻 「ジン・フリークス」 1 - BONE To Be Wild | 亜細亜ノ蛾


クラピカも念を覚えたようです。彼のことだから、自分ひとりで念を覚えようとして、別の何かに目覚めているのかと思った。

クラピカ
「ゴン 念の基礎とは 『転』と『連』だ」
ゴン
「えっ」
クラピカ
「つまりは『ズッコケ』と『繰り返しギャグ』!(真剣」
ゴン
「(うわぁ……)」

──そんなことにはならず、ちゃんと師範代を見つけたようですね。なんだかんだ言ってクラピカは、他人(レオリオ)の心に踏み込んできたり他人(レオリオ)を利用することは上手だったからなぁ……。


ハンゾー・レオリオ・ポックルについても、おそらく各師範代を通して情報が入ってきている。ここから考えると、ヒソカとイルミ以外の全員が、ネテロを師範とする心源流拳法に入門したことになるのかな。

もう 1 つの疑問は、ウイングが天空闘技場にいたことは偶然なのか、それともゴンを待っていたのか。──ズシと参加が同じ時期だったから、おそらく後者でしょうね。

遠く先を行くゴンやキルアと比べられ、才能の限界を知ることは、ズシにとって厳しい現実を叩きつけられることに等しい。

しかし、ズシが このまま鍛錬を続けた先に何があるのか──それを早い時点で見られました。これは大いなる実りになったはずです。成長した彼の姿も、きっと描かれることでしょう! たぶん。

No.061 「決戦」

冨樫義博先生は、現在の「ジャンプ」で「本当に戦っているバトル・シーン」を描ける数少ない作家の 1 人です。ちゃんとした戦いを見せてくれるから、たまに出す「いつの間に背後へ!」の効果が増す。

毎回バトルバトルした描写だとページが足りなくなって薄味になるし、毎回ワープしていては「(苦笑)」だ。両方とも描くから両方とも生きた表現になる。

バクマン。』で編集者が語っていたように、「ジャンプ」に持ち込まれる作品の大半は「王道バトル物」らしい。その中の何人が、「戦っているように見えるバトル」を描けるのだろうか……。

10 年以上前、『ストリートファイター II X』が流行していた前後に聞いた話では、カプコンデザイン室に入った新人は、まず『ドラゴンボール』の登場人物を模写させられたそうです。とくに筋肉を忠実に描く。

当時からカプコンは、リアルとコミックの中間あたりの絵柄が主流でした。そしてその流行は、現在でも形を変えて続いている。リアル・コミックの基礎を磨くには、『ドラゴンボール』が ちょうど良いらしい。

もちろん、現在では模写する作品に『HUNTER×HUNTER』も加えて良いでしょうね!

こういった偉大な作品が「教科書」として出ているのだから、せめてバトル・マンガで食っていこうと夢見る新人作家は、デビュー前に模写くらいして欲しいものです。

オリジナリティは、基礎からしか生まれません。


さて、肝心のゴン対ヒソカ戦は、観客と同様に「早く戦え!」と叫びたくなるほど、試合が始まる前から気分が盛り上がってきます。ページとコマをたっぷりと使って、見事に臨場感と緊張感を演出している。

そして伝説の「そんな目で 見つめるなよ(鼻の下を伸ばしながら」「興奮しちゃうじゃないか(ズギューーーン」が出ました!

「ハンター」つながりの『シティーハンター』でも描かれた表現なのに、「いいのか……これ」と思ってしまう。ギャグなのにギャグじゃない感じがします。冴羽りょうが本当に(自粛!)してたら引くのと同じ。


こんなにも激しく「カメラが動いている」戦いなのに、じつはヒソカは開始位置から 動いてさえ いない……!

この場面を実写で撮影して、同じように迫力を出そうと思ったら、かなりの技術と日数が要求されるはずです。おそらく役者の演技力だけではカバーできない。派手にエフェクトを入れないと、観客に感動を与えられないでしょう。

ところがマンガの場合は、実写と比較すると格段に省力で表現できます。しかも、(個人のマンガ家であれば)ひとりで脚本・演出・監督を担当してコントロールできる。

この事実が どれほどすごいことか──、つまりはマンガ家に要求される技術力が どれほど高いか、想像するだけで目まいがしてきます。挑みがいがある山だけれど、自分には とても登れそうにない。

No.062 「本気」

で 誰?」という(かわいい)司会者のツッコミや、つの丸先生が描いたような観客で笑いを誘います。

バトルのなかで笑いをはさむことは難しい。あくまでも少年マンガなのだから、真剣に戦いすぎると息が詰まる。かといってギャグが くどいと、緊張した空気が死んでしまう。バランスが大事ですね。

冨樫先生が一番優れているのはバランス感覚だと思う。


バトル・マニアなヒソカでも、ハンター試験中の約束をちゃんと覚えていて、バッジを受け取るまで戦闘を中止してくれた。なんだか心が温かくなる場面です。

ハンター協会から配布された高性能なバッジなのだから、試験の終了と同時に回収されて当然のはずだけれど。マンガには描かれていないけれど、いつものようにゴンが ごねてムリヤリに持ち帰ったのかも。

大観衆のなかで試合をしているのに、「2 人の世界(はぁと)」を勝手に作っているところも、じつにヒソカとゴンらしい。2 人は冨樫王子と直子姫の化身だったりして。


ヒソヒソの オーラ別 性格分析」は根拠がない──と言いながらも、これまた ほぼ例外なく、ずっと先まで通用する法則となっている。

作品のなかに新しい設定を盛り込むとは こういうことだ──という見本ですね。

強化系と変化系との相性の良さを語った上で、ヒソカは「大事なものが あっという間に ゴミへと変わる」という不吉なことを告げている。ヒソカとゴンとの関係だけではなく、キルアのことも考えさせられます。

ゴンとキルアも、いつかは離れるのだろうか……。


やや本気を出して突っ込んできたヒソカは、ゴンに連続して何度も打撃を与えている。それなのに、審判が取ったカウントはクリティカルの 2 ポイントのみでした。この基準が今ひとつハッキリしませんね。

まるで、コンボ(連続攻撃)を決めるほどダメージが減っていく格闘ゲームみたいです。カウントを確認しながら、単発攻撃で攻めた方が有利でしょう。戦闘中に そんな余裕があれば──の話だけれど。


ついにヒソカの「伸縮自在の愛」(バンジーガム)が発動しました! 引っ張られるだけでも「ほっぺた ちぎれるで!」と言いたくなるほど痛みを感じる場面です。

この時のヒソカは、ハート・マーク付きで話す時の法則が分かりやすい。ヒソカにとって愛とは、つねに痛みをともなうモノなのかも。

No.063 「これから」

1 コマ目から何ともキケンな構図で始まりました。ゴンの顔に くっついているバンジーガムが、なんだか別のモノに見えてくる(ごくり……)。──えっと、餅とかに。

ゴンはウイングたちと一緒に、カストロ戦のビデオでヒソカの念能力を予習していました。それなのにバンジーガムを つけられてしまう。これはゴンの油断──ではなかったという点が面白い。

どんなにヒソカの念を「凝」で警戒していても、打撃を食らったら終わり──どころか防いでもダメというタチの悪さ! ヒソカの立ちは良いけれど(お下品!)。

初めて「伸縮自在の愛」を知った時に感じた物足りなさが、完全に ぬぐい去られました。よくこんなシンプルで極悪な能力を思いつきますね! よっぽど作者は「いい性格」をしているに違いない。

この時ヒソカの性格を体現したようなバンジーガムの やっかいさに、ウイングも驚いているけれど──、それくらいは師範代として、ビデオの時点で見抜いて欲しかった。


そして伝説の第 2 幕が、「ああ 今すぐ キミを 壊したい…」です! 何一つ規制される内容を描いていないのに、プラチナ(白金・発禁)レベルのヤバさ!

もしも自分の子どもに「ねえパパー これって どういうことなのー?」と聞かれたら、何と答えたら良いのだろう……? 何でも話し合える親子関係が理想的だと分かっていても、黙ってしまいますね。

「パパー ヒソカって ホントは S なの? M なのー?」「おいいぃぃぃ! よく分かってんじゃねェかーーー!」


200 階クラスの司会者でも、念が見えないまま解説をしています。では、審判は どうなのだろう? たとえ審判の目に映っていても、観客に見える攻撃じゃないとカウントを取らない──と想像しました。

仮に「致死性の毒ガスを生み出す念能力」の使い手なんかがいたら、見えても見えなくても関係ない。そもそも武器の持ち込みは自由なのだから、完全防備の上で神経ガスでも撒けば良いのでは?

──そうか、ここで「あらゆる薬品を使う」がキャッチ・コピーのポンズさんが大活躍という展開ですね! 次の巻が楽しみです!


お気に入りの「オモチャ」だと言うわりには、一方的にゴンを殴りつけるヒソカが興味深い。この程度の攻撃に耐えられないようでは、自分の欲望を満たせるだけの成長が難しいからでしょうか。単純に殴られて腹が立っただけだったりして。

それでも KO ではなくポイントでヒソカが勝ったのは、現在の実力差をゴンに分からせるためでしょう。試合でも これだけ差がある以上は、実戦では(ほかの実力者から)瞬殺される可能性が高い。

ヒソカなりの優しさを感じました。

「殺人鬼」のヒソカは、ゴンにとってはウイングと同じで、「師匠」の 1 人と言える。父親から直接学べなかったゴンは、こうやって自分の先生を自分で見つけていく。

──それが良いことかどうかを見極めながら。

さて、ルールが決められたクリーンな試合でも、これだけ熱いバトルが見られました。だからこそ、「ルール無しの 真剣勝負(せかい)」で戦う時には どれだけ盛り上がることか──と今から期待が高まります!


ゴンとキルアは、「バイバイ 天空闘技場 !!」とアッサリおさらばしているけれど──、ウイングやズシは どうしたんだー! 師匠と兄弟子に何の あいさつも無しで、とっとと闘技場を後にしていてビックリしました。

いやいや、たんに描写を省略しただけで、ちゃんと指導の礼くらいはしていた──と思いたい。礼儀正しいゴンと、意外に思いやりがあるキルアだから、黙って立ち去るとは思えません。

薄情コンビは『バクマン。』だけで十分です!

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