『有頂天家族』 森見登美彦 – タヌキ鍋すら恐れず面白く生きよ

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有頂天家族

Sake? Yes, Please. (by Jon Christall) (by Jon Christall)

「狸であったらだめですか」というまったく工夫のない台詞は、その頃の私が口にしたものだ。弁天は「だって私は人間だもの」と答えた。

さらば初恋。

『有頂天家族』 p.021

本書の主人公は狸(たぬき)である。──そう聞いただけで読む気を失う人は、はっきり言って損だ。

タヌキが人間に喰われそうになったり、タヌキ同士で争ったり、天狗(てんぐ)に恋したり──たくましく「うごうご」生きている面々の騒動が描かれている。タヌキ社会の何気ない日常が出てくるのだが、われわれ人間には特異に見える。

タヌキだけあって、主人公の矢三郎は人間によく化ける。そして、人間社会に溶け込む。同じように、天狗が普通にアパートで暮らしていたりする。

こう聞くと、よくある「タヌキの形を借りた人間ドラマ」に見える。しかし、そうではない。そういった一面もあるが、作者の「タヌキも天狗も大好き!」という思いのほうが強く伝わってくる。どちらかというと、「タヌキや天狗が描きたい」が主題で、分かりやすくするために仕方なく「人間ドラマを借りている」感じ。

矢三郎を始め、タヌキは「タヌキ的思考」をしていて、人間の感覚からすると異常に見えたりする。そこが面白いのだ。

まぁ、作者のブログ・「この門をくぐる者は一切の高望みを捨てよ」を見ても、「タヌキ好き」な一面は強調されていないので、自分が読み誤っているのかもしれない。それでも、面白ければ良いのだ。

photo

有頂天家族
森見 登美彦
幻冬舎 2007-09-25

きつねのはなし 新釈 走れメロス 他四篇 美女と竹林 夜は短し歩けよ乙女 四畳半神話大系 (角川文庫)

by G-Tools , 2009/02/09

有頂天家族 – Wikipedia

本書を読んだきっかけ

世に蔓延する「悩みごと」は、大きく二つに分けることができる。一つはどうでもよいこと、もう一つはどうにもならぬことである。そして、両者は苦しむだけ損であるという点で変わりはない。

『有頂天家族』 p.062

さて、本書を読んだきっかけは、友人に頼まれたからだった。人からの頼み事もまた、面倒なものである。

「人から勧められて借りたので、返すときに読んだ感想を聞かせる必要がある。でも、自分には読めない」と友人は言う。自分では読めない理由を聞くと、「タヌキが主人公で天狗が出てきたりして、現実的ではない」とのこと。友人は現実的な話しか読む気がしないそうだ。

なるほど、ファンタジィか……。自分もファンタジィものには詳しくないため、何となく読む前からイヤな予感がしてきた。

ところで、その友人というのは 9 歳も年下の かわいらしい女の子なのだ。「『推定無罪』ならぬ『推定 D カップ』」という謎の呪文も聞こえる。頼みを断わる理由は何一つない。それに、自分の説明を聞いて友人が感想を話せるようにできれば、「ごほうび」をもらえるそうだ。

──以上のような経緯があり、こころよく本書を手に取ったしだいである。なんだかハードカバーが輝いて見えるようだ。ページから面白さが漂っている。これは傑作に違いない。

冗談はさておき、本当に面白かった。それほどムチャクチャに現実離れしているわけでもないので、読みやすい。

読み終わるとすぐに、友人に説明しやすいように手書きでキャラクタの相関図を描いた。面白い場面を分かりやすく話して聞かせると、友人は自分でも読む気になったほどだ。

そのおかげで、ごほうびとして──ビールのつまみをもらった。ああ、ビールがウマい……。なんだか目を伝う塩水で湿気っているけれど。

ミステリィ読みとしては

Kanamara Festival・かなまら祭り・Tengu・天狗 (by triplexpresso) (by triplexpresso)

「俺はつくづく不思議だよ。なぜ俺は彼らを憎まないのだろうか。俺はあの教授がとても好きになってしまったし(……)」

「そりゃ、おまえ、阿呆の血にしからしむるところさ」

『有頂天家族』 p.170

本書はミステリィとしても読める。いや、ミステリィとして読めない本はない。

一番の謎は、下鴨家の大黒柱・矢三郎の父親だ。彼の不在が物語の中心にもなっている。父・下鴨総一郎は どこへ行ったのか?

徐々に真相に近づくにつれ、だんだんと不安になってくる。いざ真相が明かされても、なぜなのかが分からない。このあたりは、本当にミステリィ読みにはたまらないところだ。

一番のミステリィ──ミステリアスなのは、弁天の気持ちだろう。こればかりは、謎が解けない。たとえ、彼女が天狗ではなく人間でも同じだろう。

あとがき

私は言った。「面白きことは良きことなり!」

『有頂天家族』 p.312

森見登美彦さんのファンになったので、ほかの小説も読んでみよう。

読んだきっかけは不純でも、よい結果が得られたのは幸いだ。「ごほうび」も違う内容なら、もっと良かったのだが(たとえば、弾力性のあるたんぱく質の感触を楽しむ、とか)。

あと、唐突にアニメ版の『有頂天家族』を見てみたい、とも思った。『パプリカ』のスタッフならば、この不可思議な世界を再現できるに違いない。

『パプリカ』 アニメ映画らしい「悪夢のパレード」の映像 : 亜細亜ノ蛾

コメント

  1. hiro より:

    『有頂天家族』は好きな小説なので、レビューが見れて嬉しいです。アニメは私も見たいですね(個人的には次男が列車になって走り出すシーンを大迫力でお願いしたい)。
    弁天はルパン三世の不二子ちゃんみたいなキャラだととらえていました。

  2. asiamoth より:

    アニメになると映えそうな場面が多いですよね。自分も列車の場面を劇場で見てみたいです。
    『パプリカ』のイメージを例に挙げたのは、生々しすぎるのが問題かと思ったからです。ビリヤード場(タカラヅカ・笑)や弁天のお遊びなど、いくらでもナマメカシク描けますが、アニメは規制がうるさいし……。
    そんなわけで、『パプリカ』の敦子のような、妙に生っ白い弁天を想像したのでした。峰不二子はセクシィすぎる気がします(笑)。