料理マンガにおける「味見」 – 適切な味見は愛らしいキスのように

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料理マンガと味見

Prarie Dog Love, #2
(「味見」で済ますことは──善か悪か)

つい先日のこと──。バーテンダをやっている女友だちに、こんな質問をしました。

「バーテンダは、カクテルを作る時に味見をするの?」

すると友人は、こう答えました。

「わたしは、必ずテイスティング(味見)をする。たとえ熟練したバーテンダでも、いつも 100% のカクテルを作るのはむずかしいし、わたしの技量はまだまだだから」

語られた内容とは逆に、彼女の口調と表情から、プロの意識と自信が感じられます。いい話を聞けて、すがすがしい気持ちになりました。


──自信に充ち満ちた、彼女の重い言葉。

──その上にフロートする、「むしょく」透明な自分。


両者は混ざり合わないことによって、初めてカクテルが完成する(いやいや、働けよ)。

参考: カクテル #カクテルの作成技法 – Wikipedia


上の質問をしたきっかけは、バーテンダの彼女に貸してもらった『バーテンダー』です。このマンガは大好きで、過去に感想を 2 つも書きました。

『バーテンダー』の主人公である佐々倉溜(ささくら りゅう)は、カクテルの作成中にテイスティングをしません(修業時代は別)。彼の作るカクテルの味は「神のグラス」と呼ばれている──という佐々倉のことだから、長年のカンだけで完全に味が把握できるのでしょうか?

とはいえ、ほかの人物も同様に味をみない。だから、現実世界でも同じなのかな──と思ったのです。

自分の知らない世界が友人の口から語られるのは、本当に面白い。インターネットなどで知る情報よりも、自分の血肉になっていく。


ここから先は話の範囲を広げて、カクテルだけではなく料理全般を描いたマンガでの味見について、思うままに書いていきます。

『バーテンダー』と味見

前述したとおり、『バーテンダー』には、カクテルを作っている時に味を確かめる描写が(ほとんど)ありません。本当にテイスティングをしていないのか、それとも描かない理由があるのか──。

もう 1 つ友人が出した説は、「格好良くテイスティングする姿が、マンガでは描きにくいのでは?」とのこと。

この記事を書く直前に気がついたけれど、登場人物の 1 人・川上京子(かわかみ きょうこ)がコンクールに出た際に、たしか途中で味見をしていましたよね。その時は、「普通に飲んでいた」気がする。

なるほど、「ミスター・パーフェクト」こと葛原隆一(くずはら りゅういち)に、ビシッと決まった姿でカクテルの味見をさせるのは、ちょっとムリがありそう。コマ運びのテンポが悪くなります。

案外、「絵的に考えて省略してある」が正解かも。


ところで、いつも思うことだけれど──、よくマンガやドラマ・映画で「──すごい! ○○の□□年物じゃないか。この年は(以下、うんちくが続く)」という場面には、かなり疑問があります。

たしかに、ワインなどのお酒には「当たり年」がある。しかし、そのボトルが開けられるまでを、すべて知ることはできません。傷みやすい生もののように扱われていたのか、最悪な環境にさらされていたのか──。

「完璧な味」を作るためには、現実的に考えて、材料の状態を知る必要があるはずです。たぶん、葛原は開店前などの時間に、各ボトルの味を確認しているのでしょうね(何本あるんだろう……)。

『美味しんぼ』と味見

料理マンガと言えば、『美味しんぼ』が有名です。この(ネットでは叩かれやすい)作品にも、調理中に味を確認する場面がほとんどない。

要所要所で味見をするのは、料理の基本です。それなのに、料理マンガで味見の場面がすくないのは、なぜなのか?

数少ない『美味しんぼ』の味見で、すぐに思い出したのは、「不器量な魚」という話です。恋に破れた料理人の男が、恋敵の男に料理を教える──。切ない話ですね。

この話の主役は、まるで自分自身のようにみっともない 姿をした魚・ゴリから、素晴らしい味を作り出す。ゴリ自身の 旨味と 白味噌の旨味を、ハンサムな恋のライバルに味わわせ、忘れるな、この味だ! と教えます(『美味しんぼ (18)』 p.156)。

自分自身は、淡い思いを忘れる決意をして──。

参考: 「不器量な魚」 あらすじ – 美味しんぼ塾ストーリーブログ


上の話は象徴的です。

まだ調理の途中とはいえ、この時に味わったのは、あくまでも「素材同士の旨味と旨味が合わさったもの」なんですね。ゴリだけ・白味噌だけでは、けっして味わえない旨味を、いかに引き出すか──。そこが料理人の腕前です。

つまりは、途中で「この魚はこんな味がして──」とか「白味噌の風味は──」なんて描いていたら、「料理マンガ」ではなく「図解入り・素材の解説」になってしまう。

だから、ヒラメが シャッキリ ポンと、 舌の上で 踊るわ!──と栗田さんが言うのは、鍋料理ができあがったあとです(『美味しんぼ (18)』 p.109)。けっして、生では味わわない(まだ結婚していないし──という意味ではない)。

『鉄鍋のジャン』と味見

カクテルの味見について質問した時に、もう一つ思いついた作品は、『鉄鍋のジャン』です。

このマンガは最初のころ、中華料理の基礎から読者に教えるような描き方をしていました(その説明のために、日本一の名店に一年間も勤めながら、料理の基礎を知らない見習いが出てくる)。

そこで、てっきり真面目な料理マンガかと思ったら、過剰なまでに(男女問わずの)お色気シーンが出てくるような、「料理バトルマンガ」でした。誰得?

バトルマンガの例に洩れず、後半になるほど「お互いの技量を競い合う」描写が多くなり、「技のインフレ化」が進んでいく──。

いちおうは『鉄鍋のジャン』も料理マンガなので、料理を食べて評価をする場面が出てきます。しかし、中華料理の調味料や素材は、日本人には珍しい。完成した料理からは、なかなか味が想像できません。

そこでこのマンガは、調理中に味見をする場面が非常に多い! 何度も何度も出てくる。料理マンガでこれほど味を確かめる絵が多いのは、ほかに例がないのでは?

でも──、その味見の仕方が問題です。

一例を挙げると──、料理バトルの一部始終をテレビで放送するために、司会者が素材や調理法を紹介しつつ、料理の途中で味を確かめて紹介する。その時の味をみる方法は──、

鍋の中に指を突っ込む

この司会者だけではなく、ほかの批評家や料理人が、次から次へとボウルに・鍋に・皿に指を突っ込んで味見する。もちろん、直前に手洗いをする描写がある──はずもなく。

よく火を通すから、良いのかなぁ……。

余談

今回もまた、タイトルはゲーテから借りました。

Twitter / ゲーテ名言集: 適切な答えは愛らしいキスのようだ。

料理中に味をみる際は、別にキス顔ではなくても良いので、スマートにおこなって欲しいものですね。せめて、指ではなくスプーンを使いましょう……。