暗殺教室 第 126 話 「生かす時間」 生は師の始め

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暗殺教室』 第 126 話 「生かす時間」

Nice Pear
描かれた洋ナシのように──届かない理想

理事長との勝負に決着が付きます!
浅野 學峯殺せんせー似た者同士なのに、お互いに分かり合える機会が なかった。雇用主と雇われ教師という立場を超えて、いわば敵同士のような関係です。
もちろん、殺せんせーは全人類にとっての敵ですが、理事長に とっては昔の「弱い自分」の象徴として憎んでいる。
理想の教育を追い求める二人は、あくまでも対立し続けますが──。

5 分の 1 の死

ついに理事長が死の覚悟を決める……!
という緊迫感のある場面ですが、この最後の一冊を開くと──対殺せんせー用の手榴弾が爆発した、という可能性も ありました。

前々回の感想で書いたことをおさらいしましょう。
まず、「見た目や臭いでは 区別がつかず、うち 4 つは 対先生 手榴弾 残り 1 つは対人用… 本物の手榴弾」を理事長は用意させました。
この「(學峯にも)区別が付かない」点がミソです。

単純に、「殺せんせーが解く問題集には対先生用・理事長には対人用の手榴弾をはさんでおく」で良かったのに、なぜ面倒な条件が付いているのか?
それは、ギャンブルだからです。なんじゃソレ!
そのせいで、殺せんせーが対人用の手投げ弾を引いてしまう確率は 1/5 存在しました。すでに解き終わった問題集に、その爆弾が残っていた かもしれない。


途中までは、これも理事長の計算かと思っていました。
つまり、「問題集を開けた瞬間に殺せんせーが脱皮して理事長を守る──が、爆発して弾け飛んだのは対殺せんせー用の素材だった!」というシナリオです。この場合は、理事長は無傷だけど、殺せんせーは当たり所が悪ければ溶けきってしまう。

ところが、學峯は「1/5 の確率しかない人間用の爆弾を不運にも引いた」ため、格好良く この世を去る──ことすら できなかった。
あとで理事長は思い出して、ひとりで恥ずかしい顔をしたのでは? (それを窓から殺せんせーに覗かれたりして)

父と子と

浅野親子の会話は、温かくも冷たかった。
学秀は「父さん」と呼ぶ一方で、學峯は「浅野くん」「」と呼び続ける。教育者として・支配者として、譲れない最後の一線を感じました。

しかし、それは それで一つの家族の形です。
他人から見たら傷つけ合っているようにしか見えなくても、実際には固い絆で結ばれていたりする。表面上だけは仲むつまじく、内面は嫌い合っている家庭も あるでしょう。
家庭は常に、外部からすれば狂気の寄せ集めです。

力不足でも十分

殺せんせーは「意外と パワーが 無い」らしい。
マッハ 20 というスピードに 特化しすぎた結果ですね。また、静止状態での弱さは、「死神」との戦いで落とし穴にハマったときに証明されている。
かなり以前から明かされている「水に弱い」という条件と噛み合えば、最大の弱点である「心臓部分」まで刃が届く可能性は高い!


ここで大きな疑問が わいてきます。
触手一本なら 人間 1 人でも 押さえられる」ような殺せんせーは、どうやって月を破壊したのだろう。また、地球を壊す方法は?

ドラゴンボール』の亀仙人も月を壊しました。ところが、あとから分かった彼の戦闘力は 139(最大で 180?)程度と、「ちょっと強い地球人」程度です。
ただ、あの作品で地球人と言えば、「戦闘力が変化する」という特性が お約束でした。「かめはめ波 最大出力」を撃つ際には、戦闘力が何十倍~何千倍と ふくれあがっても不思議では ありません。

そこで思い出しました。
すでに第 84 話で、かめはめ波のような必殺技を殺せんせーは使っていましたね。あの必殺技で全力を出せば、地球すら消してしまえるのかな……。

暗殺教室 第 84 話 「限界の時間」 保護者の顔も三度まで | 亜細亜ノ蛾

おわりに

不破 優月の頭を「ペタン」とする場面が興味深い。
ただ たんに、「ここまで 2 人は違ってしまった理由」として、「殺せんせーには E 組の生徒がいて恵まれていた」と話すために、その生徒の一人を指しただけ かもしれません。

しかし、別の見方もできる。いつも探偵気取りで勘の鋭い不破の指摘は、學峯が本当に変わった原因──「生徒の死」を思い出させてしまう。それを止めた可能性も あります。
自分は、後者のほうだと思う。なぜなら、前者の場合なら、ほかの生徒たちの頭も撫でたでしょう。不破だけに留めたのは、彼女の発言だけを止めたい意思が見られます。


矢田 桃花の「なるほ…」がエロい!
殺せんせーは「ぬるん」と逃げる前に、【E】と関わりが深い桃花の【E】部分を【E】感じに【E】ろ【E】ろ味わったんじゃないの!? 矢田の手つき手慣れたもの(意味深)だし!
──とか言い出す人が多そうですねー(他人ごと)。

一方、奥田 愛実は可愛らしい捕まえ方です!
正座をしたままで、猫でも捕まえるかのような仕草ですね。E 組の女子たちが たくましく育っていくなか、奥田は意外と女の子らしさを保っています。ただし、ふところには毒物が忍ばせてある けれど……。
殺せんせーは捕まらなかったけれど、赤羽カルマは捕らえられそう!?


題名は「生は死の始め」から借りました。
作家である森 博嗣先生は、「教育とは、自分の生きる姿を子に見せること」といった趣旨の話をよくされます。そんなニュアンスでタイトルを付けました。
「口だけ先生」「言うだけ監督」とは大違いですね!