『インターネット的』
糸井重里さんの考え方をインストールしよう、と思いながら『インターネット的』を読みました。
前に紹介した、『ほぼ日刊イトイ新聞』の姉妹書のような一冊です。
『ほぼ日刊イトイ新聞の本』 ネット社会の必読書 : 亜細亜ノ蛾
本書はタイトル通り、インターネット的とはなにか? がテーマになっています。
インターネット自体よりも、それがもたらす”インターネット的であること”に、より可能性を感じています。
『インターネット的』 p.10
──そう語る糸井さんは、インターネットの特徴を「リンク」「シェア」「フラット」と定義しています。
そして、それらインターネット的なものは、むしろ「インターネットの外」にあるのではないか、──と。
2001 年に発行された本ですが、いま読んでもためになる一冊です。
フラットさ
文脈から考えて、ここで「リンク」「シェア」「フラット」、それぞれについて説明するのが筋なのでしょうが、それは本書に譲るとして──。ここではフラットについて紹介します。
フラットとは、「それぞれが無名性で情報をやり取りする」(p.31)ということ。
面白い実例として、こんな話が載っていました。
糸井さんの知り合いが、ネットで出会った意見の合う人と、実際に会うことになったそうです。
そこで彼は、ちょっと気の利いたバーで待ち合わせしようとする。しかし、相手は「そこは、ぼくは行けません」と応えた。なぜかというと──。
──相手はまだ、小学生だったという。(p.33)
こういう話、自分自身には起こらなくても、ネット上で何度も聞いたことがありませんか?
掲示板やブログのコミュニケーションでも、相手の年齢層がわからないまま、同じ話題で盛り上がる、ということがよくあります。
こういった、いわば価値観のフラットさが、インターネット的として語られています。
たとえば、会社ではしがないサラリーマンが、近くのフットサルの集まりではスーパスター、とか。
くだらない面白さ
糸井さんが『ほぼ日』で、読者からの投稿作品を公開したとき、まだまだ「バカが足りない」と感じたそうです。
本当のアイデアとか、知恵とか、自由とか、くだらないこととかが、ネットの世界の外側にはもっとたっぷりあるのです、きっと。そういう「くだらなさを含めた人間の遊び感覚」が、人類全体の知的資源として、まだまだネットの世界の外にたっぷり眠っているはずなのです。
『インターネット的』 p.69
最近は、個人がブログや SNS などで、手軽に情報を発信できるようになりました。なので、「ネットの世界の外」の人が、徐々にネットの中にやってきましたね。
(mixi などで自分の犯罪行為を晒す、という「バカ」さは置いておいて──)
まだまだ過渡期で、本当に「ネットの世界の外と中」の面白さが味わえるのは先なのでは、と想像すると、これからが楽しみですね。
消費のクリエイティブ
最後に、これはぜひとも本書で読むか、自分で考えて欲しいので、キーワードだけ紹介します。
「消費にどれだけクリエイティブになれるか」
クリエイティブというと(サウンドボードのメーカ、は置いておくと)、作家や画家などを想像しますが、
「消費すること」と「クリエイティブ」
という、いままでの自分の考えでは結びつかなかった物が合わさっています。
これはいったい、どういうことか? ぜひとも本書でお確かめください。
