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『少し変わった子あります』 森博嗣・著

夕焼け空、鉄塔
(幾何学的に切りとられた空の下で──命をいただく)

「森博嗣 版・『眠れる美女』」という表現がしっくりと来る一冊でした。両作品の共通点は こんなにも挙げられます。

  • 盛りを過ぎた男性が主人公
  • 友人から「変わった店」の話を聞く
  • 店というよりは「家」に近い場所である
  • 女性と一対一で会う
  • 短い章ごとに別の女性が登場する短編集

もちろん、自他ともに認めるアマノジャクな森先生のことだから、まったく同じようには書かれていませんよ。むしろ正反対の作品に感じる人も多いんじゃないかな。

日本人で初めてノーベル文学賞を受賞した大作家である川端康成氏の著作といえども、『眠れる美女』を自分の子どもに読ませたい親はいないでしょう。その点、『変わった子』は大丈夫ですよ!

ここから先は中身に触れていきましょう。なるべく「具体的なネタバレ」のない「抽象的な感想」を書きました。

森博嗣らしさ

じつは、『変わった子』ほど「森博嗣らしい作品」は ほかにないのでは──と個人的には思っています。

では、「森博嗣先生らしさ」とは何だろう?

──「大学の助教授が美少女と事件に巻き込まれてクールに解決する」というイメージは、それは表面だけの話です。郵便ポストとトマトを「赤いから同じ」と ひとくくりにする行為に等しい。

事件なんか そっちのけにして、ひたすら思想にふける。美少女探偵も大学も──他人も世間も置いてきぼりにしながら、自分の世界の中で詩的に私的な思考を続けていく。──そんな主人公の生き方こそが、森博嗣先生の著作にふさわしい。

変わった子』では、「毎回場所が変わり名前もない変わった店」で「すこし変わった子」と──ただ食事をする。『眠れる美女』とは大違いですね。

しかし、ここで最大の共通点が現れる。

それは すなわち、「他人と一緒にいることで感じる孤独感」です。そして、自分の人生を振り返り続ける主人公も似ている。

少し変わった子あります』と『眠れる美女』は、まったく違う材料で同じ料理を作ったような感じです。小説というモノは、それだけの包容力がある。まるでカレーです。

抽象に注目

作中で繰り返し出てくる単語が「抽象」でした。さて、抽象とは何だろう?

男性の抽象能力は女性のそれよりも優れているとされる──などと Wikipedia には差別的なことが書いてあります。でも──なるほど、納得してしまいました。女性のほうが現実的ですからね。

抽象化 - Wikipedia

「もう少し変わった子あります」の章で、「もっと何事も抽象的に捉えなければならない」と言われて悩む女性が登場します。「具体的に私はどうすれば良いのかが、思いつかない」──と。

同じ悩みを持った人は多いのでは? とくに「抽象」という言葉の意味を「あいまい」だと思っている人には、そもそも何を指摘されているのかが分からない。

具体的な意味は辞書を引いてもらうとして──、

抽象 とは - 美術用語 Weblio辞書

作中では抽象を「一種の優しさみたいなもの」と表現していました。これこそ抽象です! 言葉の意味を知っているだけの人は、こんな言い表わし方は思いつきません。

ミステリィとは

もしも森先生が読者であれば、こんな感想を書くでしょう。「これは完全にミステリィ作品です」──と。

たしかに冒頭の部分はミステリィっぽい始まり方だし、終わり方もミステリアスです。「また少し変わった子あります」に出てくる「主人の話」にも驚いた! しかし、やはり本作品はミステリィとは呼べないでしょう。

ミスティを抽象すれば、「謎の提示と解決が描かれた作品」になると思います。「殺人事件を扱っているかどうか」は小事だが、きちんとした「解決編」が必要になる。

──この条件からすると、『目薬αで殺菌します』がミステリィなのか どうかは議論の余地しかないけれど。

『目薬αで殺菌します』 森博嗣 - 事件よりも大事な恋心とパソコン | 亜細亜ノ蛾

変わった子』はオチがアレなので、ミステリィではありません。しかし、ハッキリとしたオチを付けない作品に森博嗣先生は価値を見いだしている──と思われるので、これも 1 つのミステリィかもしれませんね。

どちらかは「君が決めるんだ」(『笑わない数学者』)

おわりに

「2 人分の お金を出して女性と料理を食べる」という具体的な行動のなかで、主人公が抽象的な考えを ふくらませていく──。

その様子は、具体的で きわどい表現が描かれた『眠れる美女』並に──エロティックです。あー、おもしろかった!

変わった子』の下敷きが『眠れる美女』なのかどうかは知りませんが、古典を抽象化して現代の作品に描き直した例は、いくらでも挙げられます。料理の仕方しだいで新しい命が生まれる。

ものすごく近いところ(同じ出版社や雑誌など)から具体的に模倣して(パクって)いる作家を見ると、「頭の程度が残念な人だなー」と思う。たとえ才能が乏しくても、志まで なくすことはない。

今年のキーワードは、「もっと抽象しようぜ!」です。

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