『バクマン。』 22 ページ 「邪魔と若さ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 09 号)
誰でもボーリングが上手になる方法をご存じだろうか?
──正解は、「工事現場で何年も働いて修行する」である。
引っかけは さておき、ボウリングを上達する一番の方法を聞いたことがある。単純で誰でも思いつきながら、誰もが実行しない方法だ。
さて、今週号の『バクマン。』とボウリングの話とは、何か関係があるのだろうか? そして、その上達する方法とは?
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オトナになると「何をしても自由だ」ということになっている。ただし、必ず「他人に迷惑をかけなければ」と枕詞が付く。本当だろうか?
多少は人に迷惑をかけても、自分勝手に生きている人のほうが得をしているように見える。
また、人から嫌われたくないと思えば思うほど、逆に嫌われるものである。卑屈さを見逃すほど鈍感な人が相手なら別だが、残念ながら見抜かれることが多い。
つまるところ、素直に生きるのが一番だ。
『バクマン。』には、素直な人物が何人も出てくる。ほとんどは「自分の感情に素直」なキャラたちなので、近くの人間は迷惑するのだが……。
そんな、素直さ爆発の新キャラが登場した。この人物の評価しだいで、今後の展開を楽しめるかが決まる──そんな気がした。
「天才」や「神」という言葉が今ほど安くなった時代はない。「有り得ない」「半端ない」や「超」「鬼(関西弁)」などの価値も、ドンドンと値下がりしている。パネェことが世に あふれているのだ。
それなら、自分のレベルでも「イケメン」や「アルファブロガー」と呼ばれていいのでは、と思ってしまう。まぁ、実際にそう呼ばれたらムナしいだけだが……。
バトルマンガの世界では、話が長くなるにつれて強さのインフレ化が起こる。地方で少し強いくらいのキャラは、いつしか雑魚あつかいになる(学術用語でヤムチャ現象という・ウソ)。
それに比べると、現実世界にいる天才・神は、あまりにも ありふれている。八百万の神々がおわす国だから、だろうか(たぶん違う)。創作の世界にも天才は多い。ほとんどが「──どこが?」と言いたくなるような、説得力のないキャラクタばかりだ。
さて、『バクマン。』の新妻エイジは、作中で さまざまな人物から天才と呼ばれている。彼は、よくいる薄っぺらい天才キャラとは違うのだろうか。「22 ページ」の後半でその評価が分かれるだろう。
最近、ジャンプが面白い。そう思わないだろうか?
ファンとしては、『バクマン。』の面白さに作家も編集者も影響された、と考えてしまう。島本和彦先生が「なにやってんスか www」(賛辞)な格好をされたのも、本作品に『あしたのジョー』が出てきたからでは──というのは こじつけ過ぎか。
マンガの面白さに限界はない──そうサイコーは言った。その通りである。今週号の『バクマン。』を読むとよく分かる。本当に、原作者の底が知れない。
先週号の続きから、今回の展開・とくに後半を思いついた人は いるだろうか?
たとえば、今週号の前半部分だけを読んで「後半のネームを考えろ」と言われたとする。本編と同じかそれ以上に面白い展開を思いつける人は、プロの世界でも少ないだろう。それでいて、読み終わると自然な流れ・少年マンガらしい話に思える。それがスゴい。
今週号のジャンプで『バクマン。』は表紙を飾った。そのカラーイラストと本編との内容が対照的だった。

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今週号ではデートの時の見吉が見られる。見吉の私服はかわいらしくて良い。シュージンも至福を感じただろう(書かなければ良かった)。
かわいく・格好良く見えたのは制服姿だけで、デートに誘ってみたら私服が最悪だった──そんな悲喜こもごもな声が全世界で報告されている。あまり言うと、けっきょくノロケに聞こえるので注意が必要だ。
中学生時代は「カーチャンが買ってくれたケミカルウォッシュのジーパン(タック入り)」をサラリと着こなしていた自分だが、ファッションチェックをしてくれるカノジョがいなかった。幸か不幸か。
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『バクマン。』ってどこが面白いのだろうか。ときどき、分からなくなる。
ジャンプ編集部の内部をバクロする──それが本作品の売りと思っている人は多いだろう。しかし、そこには面白さはない。ほんの少しだけ、知識欲が満たされるだけだ。コミックスの一巻を読んだだけの人は、もしかすると「マンガの描き方講座」が延々と続く、と思っているかもしれない。もちろん、そんなレベルは終わっている。
この作品には、不思議な力は出てこない。刀剣や魔法なども(マンガ内マンガにしか)なく、目に見えて派手なバトルが起こるわけでもないのだ。未読の人に勧める場合には、「天才的な中高生の 2 人がマンガ家を目指す話」としか言いようがない。──それを聞いて、読みたがる人がいるだろうか?
それでも、『バクマン。』は面白い! どこがって?
単純なことだった。「ワタシの『どこ』が好き?」と聞かれたときと同じである(聞かれたことはないが)。──「どこ」ではなく、「すべて」。
今回の感想は、また 3 ページしか進まなかった。今週号の中でも とくに面白みのないページのはずだが、書きすぎないように抑えるのが大変だ。それくらい、面白い。
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今回の感想では、すべてのページで見吉が登場している。後半でも再登場するし、見吉がこれほど出てくるのは後にも先にも無いのでは。もっと活躍する見吉を見たい。
飛び抜けた人物たちが身近にいて、見吉は肩身の狭い思いをしている。そうは見えないところが、一部の読者には不評のようだ。サイコーとシュージンのジャマをしているように見られる。見吉の良さは「普通の女の子」であることだと思う。高校生の女子として、普通の行動を見吉は取っている。
マンガに対して極端な考え方をするサイコーと、普通のカレシ・カノジョとして振る舞いたい見吉の間で、なんなくバランスを保っているシュージンは超人である。ほかの人間なら押しつぶされそうだ。
それに、毎日毎日マンガのネームを書けるなら、絶対にシュージンは単体で原作者や小説家として売れるような気もする。それを言っては終わりだが……。
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「21 ページ」の感想も、まだまだ中盤である。後半は、もっと書きたいことが多い。今週中に書き終わるだろうか……。
自分は、今週に入ってからウェブブラウザの調整をずっと行なっている。どうしても気になる部分が直らない。いろいろと短絡的な方法を試して失敗し、けっきょくは余計な時間を費やした。そのせいで、休みの日にも遊びに行けず、感想も遅れがちだ。──と思ったけど、休日を家で過ごすのも更新をサボるのも、いつものことだった。
昔から、「急がば回れ」という。普段は気長なのに変なところで短気な自分は、いつもこの言葉を後悔と共に思い出すのだった。
今週号の『バクマン。』も「急がば回れ」な話だった。前回までは急展開の連続であり、サイコーのデビューを焦る気持ちをあおってきた。それがここに来て、一見すると何歩か後退したように見える。しかし、サイコーとシュージンの将来にとって、きっと良い方向転換になるだろう。
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「壁とキス」というタイトルだと、なんだかむなしい映像を想像し、苦笑してしまう。いつもの通り、「a and b」と 2 つの物を並べているだけなのだが(この文の「と」の使い方といい、日本語は難しい)。
マンガ家を目指してから最大の壁にサイコーとシュージンは ぶつかっている。前回のラストで盛り上がった感情は、どこへ行ってしまったのか。
そんな 2 人の空気に感染したせいか、自分もスランプだ──と更新が遅れた言い訳をしておく。本当は、ウェブブラウザ(Firefox 3.1)の設定が急に異常をきたし、直すのに数日を要したのだ。自分のような人間は、少しでも「いままでの環境」が崩れると、やる気がなくなってしまう。または、なんとか環境を改善する方向にすべての力を費やし、ほかを放棄する。
プロの作家──とくに週刊で連載しているマンガ家は、仕事道具が急に壊れたら、どうするのだろうか。「今週号の○○は、作者お気に入りのペン先が売り切れのため休載です」という断わり書きは、少なくとも自分は見たことがない。自分としては、「作者取材のため」よりは納得できるのだが。

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面白いマンガとは何か? 最近、よく考える。
面白いマンガについて誰かに聞くと、たいていは「好きな」マンガの名前を挙げる。それも当然である。けっきょく、多くの人に好かれるマンガが、面白いマンガなのだろう。とすると、ヒット作品・売れたマンガこそが、面白いマンガということになる。──この結論に違和感を感じないだろうか?
『バクマン。』は最高に面白し好きなのだが、少し気になる点がある。
──サイコーもシュージンも、最近はちっとも楽しそうにマンガを描いていない。初めてマンガ作品を仕上げたときの感動は、どこかへ行ってしまった。マンガを描くのが日常で、入賞するも当たり前に感じている。
そんな 2 人を見て、それでもマンガ家を目指す子どもたちは、いるのだろうか。いるとしたら──将来は有望だ。そう、プロの世界は甘くない。だからこそ、面白いし目指したくなるのだろうな。