『死ねばいいのに』 京極夏彦 – 死者に生を求める

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死ねばいいのに』 京極 夏彦・著

普贤菩萨
ただ正面から──見れば良かったのに

純粋に会話の おもしろさを味わえる 1 冊でした!

殺された女性について聞き回る男と、彼との会話で あぶり出される人間の醜さを描いています。彼の性格や言動が現代の若者らしく、読みやすい文体でサクサク進める。そして、ページをめくるごとに謎が深まっていく──。

京極 夏彦氏の作品なのに、文庫本で本文が 450 ページ足らずしかありません! 『絡新婦の理』と比べると、ボンレス・ハムとハムやケヴィン・ベーコンとベーコンくらい厚みが違う(?)。

「すべての行がページをまたがらない」ルールを今回も貫かれていました。もちろん、単行本版と文庫版とではレイアウトを変えてあるし、Kindle 版でも改行をそろえてあるはず。

細かすぎて伝わらない(こともない)本の組版(レイアウト)の話 | 亜細亜ノ蛾

できれば、内容は もちろんジャンルも知らないままに読んで欲しい作品です! 「なるほどな」と感心する部分が多く、最後あたりでゾクッとした怖さも感じられる。一気に読んでも楽しめるし、章ごとに読み進んでも満足できますよ!

ミステリィよりは怪談話

「どうしてそんなに簡単なことが解んねー訳? どうにも出来ねーどうにも出来ねーって。そんなことそうある訳ねーって。必ずどうにかなるのに、どうにもしないだけだって」

死ねばいいのに』がミステリィかどうかは、議論の余地があるでしょう。死者に対する直接的な描写が少ないし、遺体の発見された状況も あいまいです。

その前に、自分は この作品がミステリィだと確信しているけれど、こう書くことが れっきとしたネタバレになります(だから冒頭ではミステリィと言わなかった)。つまり、「最後に事件が解決し、真相(らしきモノ)が語られる」と保障されている。

「初めての京極本」にはピッタリだけれど、「ミステリィ初心者」には お勧めしにくい 1 冊ですね。京極氏が好きな妖怪話でもないし(※)、ホラーとも違う。

(※おそらく京極さんのことだから、妖怪のことを考えながら執筆中したとは思うけれど。もしかしたら、元ネタの妖怪もいるのかな?)

死ねばいいのに』は「怪談」が近い。現代の怪談話として楽しむことが正解です。


妖怪や幽霊を恐れることがない現代では、人間が一番 怖い。しかも頭に「身近にいる」が付くことで恐怖が完成します。──いくら恐ろしい人物がいても、場所が場所なら「おそロシア」と笑うだけです。

過去に集めた恐怖話も、怖さの中心は人間でした。

水先案内人か死神か

「重い軽いって人によるンじゃないすか? マッチョには軽くても、ばーさんには持てねーとか、色色じゃん。心が力持ちの奴って、意外に何でも軽いもんすよ」

渡来 健也(ワタライ ケンヤ)は、「何を考えているか分からない」と言われがちな「イマドキの若者」に見えます。登場人物の ほぼ全員が、第一印象だけで彼のことを決めつけていました。──アサミ以外は。

ケンヤは、態度が悪くて・勉強もできないし・学もない──と本人は言っているけれど、頭の回転は速い。むずかしい言葉で話しかけられても理解していたり、意外と計算が速かったりする(「六人目。」の時給計算)。

死者に鞭打つ」という言葉の無意味さを説くなど、ケンヤには思慮深い面も多く見られます。大人たちが多くの言葉で相手を(そして自分を)ごまかそうとする一方、ケンヤは純粋に物事と相手の本質を見抜いている。

ケンヤの子どものころは、頭が良すぎて周りの人間が愚かしく見え、自分から落ちこぼれていったのでは──と想像しました。ケンヤに「夢がない」理由も、周りの大人を見て絶望したのかも。

物か女神か

「人間って、みんなダメで、屑で、それでも生きてるもんすよ。あんたの言うとおり、生きるために生きてるんすから、死にたくなんかねーよ」

鹿島 亜佐美(カシマ アサミ)は一段と分からない。

最初は普通の派遣社員──と考えていたが、「カレシ」の存在あたりから怪しくなってくる。母親の(自分勝手な)告白を聞いてからは、普通に生活していることが奇跡に思えてきます。弁護士のように、「アサミさんは不幸な女性だ」と思いたくなる。

荒井 良氏の「張り子」も山本タカトのイラストも、アサミを神聖なイメージとして扱っています。なにしろ荒井氏の張り子には「菩薩」とまで書いてある。彼女の人生を振り返ると、たしかに成仏を求める(如来に成ろうとする)修行者のような苦行でした。

(ところで、荒井氏の造形は本当にアサミなんだろうか? それにしては、「絞殺された跡」が首に見当たらない。衣装も謎だし。たんなるイメージかな)


そもそも この作品自体が「アサミのことが分からない」話だから、最初から彼女は理解する対象として描いていない可能性が高い。

同じ人物のことを聞いているのに、全員がバラバラの印象です。お腹を痛めて産んだ母親でさえ、アサミのことを何も分かっていなかった。しかし──。

ケンヤの言うように、他人のことなんか解らなくて当たり前です。「自分のことだって解らねぇだろ。解ったフリすんなってこと」ですね。でも、普通に生きていると、普通に解ったフリをしてしまう。

おわりに

「私は──」

死んだ方がいいのかな。

知らねーよとケンジは言った。

「死にたくねぇなら生きてりゃいいじゃん」

京極夏彦らしい「まったく隠す気がないトリック」を楽しめました! その気になって読めば、序盤から「犯人」は丸出しでしたね。ただ、「動機」は最後まで読んでも理解が困難だ。

「すでに亡くなった人物が話の中心になる」点と荒井氏の造形が「ラッピングされた死体」にも見えることから、『ジグβは神ですか』と同様に『ツイン・ピークス』を思い出しました。『死ねばいいのに』を合わせて 3 作品とも「動機が分からない系」です。

『ジグβは神ですか』 森博嗣 – 再会の喜びに飛び立つ | 亜細亜ノ蛾

今後のミステリィは、よりいっそう動機については不明瞭になると思う。人が人を殺める理由は、自分にだって分からない場合が多いからです。──『死ねばいいのに』の彼みたいに。