『スティーヴン・キング 小説作法』
結城浩のはてな日記 – 『数学ガール』を紹介するスレ / 文章を書く本の話で、結城浩さんが紹介している『小説作法』を読みました。自分も、好き勝手に書いているブログ書きとはいえ、「文章を書く者」のひとり。この本から多くのことを学びました。
残念ながら絶版で、文庫化もされていません。自分は図書館で借りました。上の書影とは違い、表紙はキングがこちらを見つめる写真です。近くに置いておきたい一冊なので、なんとか手に入れたいところ。
結城浩さんのレビュー
同じく結城浩さんが書いた、下記のレビューもわかりやすいです。
──あまりにわかりやすいので、自分が本書の記事を書く意味ってなんだろう? と自問したり……。なんとか、違う切り口で書くことにします。
『文体の要素』
本書の前書きで、『文体の要素(The Elements of Style)』という本について、「作家を志すなら、何をおいてもまず『文体の要素』を読むべきである(p.7)」と断言しています。
さっそく、『文体の要素』をアマゾンなどで探しましたが、日本語版はありません。その代わり、Web 上で日本語訳テキストがありました。ありがたく読むことにします。
William Strunk, "The Elements of Style" (Japanese Translation)
ハウツー本、ではないが
本書に「文章のハウツー本」を求める読者は、キングが自らの生い立ちについて語り出すのを見て、思わず壁投げしたくなるかも。じつはそのエピソードの中に、面白い文章を書くための発想が詰まっているので、見逃さないように……。
せっかちな読者のために、本書から文章の極意を抜き出すと、下記のリストのようになります。
- 受動態(受け身)は避けるべき(p.139)
- 副詞は臆病な作家が好んで使う(p.141)
- 会話の限定詞は「○○は言った」が無難(p.144)
- 文章の極意は、不安と気取りを捨てること(p.145)
- 作家を志すならば、よく読み、よく書くこと(p.166)
- 作家志望者にテレビはいらない(p.170)
- 構想よりも直観、はじめに情況ありき(p.189)
- 疑問や主題から小説を書くのは本末転倒、物語に始まって主題に辿り着く(p.245)
- 退屈なところを削る、公式: 第二稿 = 初稿 -10%(p.262)
この中でも特に、テレビについて「ガラスのおしゃぶりは時間を取りすぎる(p.170)」と表現しているのが面白いです。その後も「テレビはとうに叩き壊した(p.181)」と、徹底的に嫌っています。──しかしこのあと、テレビでスポーツ観戦している場面も出てくるのがキングらしいところ。
会話の限定詞うんぬんは、日本語にそのまま当てはまらないかもしれませんが、ようするに、
「銃をおろせ、アタースン!」ジキルは凄んだ。
「私を捨てないで !」シェイナは喘いだ。
「うるさいやつだな!」ビルは吐き捨てた。
『小説作法』 p.144
──というのは「頼むから、これはやめてもらいたい(p.144)」とのこと。「彼は言った」で十分、ということですね。
恥ずかしながら、「ジキルは凄んだ」に自分は違和感を持たなかったのですが、手元にある本を片っ端からめくってみると、確かに「○○は言った」形式ばかり(独特なのは京極夏彦氏くらい)。
「なるほど、これは気をつけよう」asiamoth はつぶやいた(これはセーフ?)。
──結城浩さんの文章教室を読んで、勉強し直します……。
推敲すること
推敲することについて、繰り返し語っているのも印象的です。ハイ・スクール時代のキングは、リスボンの週刊新聞の編集長、ジョン・グールドから多くのことを学びます。
「最初に書くのは自分のためだ」グールドは言った。「書き直すに当たっては、余計な言葉をすべて削ることが第一だ」
(……)ドアを閉じて書け。ドアを開けて書き直せ。すなわち、文章の出発点は自分だが、書かれた文章は人の目にさらされるということである。
『小説作法』 p.62-63
これは深い! この短いアドバイスを他人にできるまでに、グールドがどれほど多くの文章に目を通してきたのか──。自分も、キングを通してグールドのアドバイスを学びました。キングにグールド、結城浩さんに感謝。
