『ペイチェック 消された記憶』 (Paycheck)
(クリップを武器にする男は──ひとりじゃない)
『バクマン。』好きにおすすめの SF 映画です。
なぜここで『バクマン。』の名前が挙がるのか、不思議に思った人もいるでしょう。あらすじを聞くと、ピンと来る人は来るかもしれません。
時代は近未来で、コンピュータ・エンジニアのマイケル・ジェニングス(ベン・アフレック)が主人公です。市販の電化製品などを解析して、新しい製品を生み出すことが、彼の仕事となる。ただし、機密保持のため、ひとつの仕事が終わるたびに、働いた期間の記憶を消されてしまう。
大企業の幹部であり親友のジミー・レスリック(アーロン・エッカート)から、マイケルは大きなプロジェクトを持ちかけられた。3 年後にプロジェクトを成功させたマイケルは、その間の記憶を消去される。報酬として巨万の富を得るはずが、なぜか 手に入れたのは「19 個のがらくた」だった──。
このストーリィの面白いところは、仕事のあとで記憶が消去される点です。言いかえれば、契約期間中の時間と記憶とを引き替えにして──「脳を売って」報酬を得ている。このあたりが、『バクマン。』に出てきた劇中作・『この世は金と知恵』に似ています。
また、この映画はとてもマジメに作られていますが、ところどころ「なんでやねん!」と突っ込みたくなる。監督を始めとして、制作者側は真剣にやっているからこそ、逆に笑えます。──おお、「シリアスな笑い」ですよ!(強引)
ヒロインのレイチェル・ポーターは、大好きなユマ・サーマンが演じています。彼女は『パルプ・フィクション』や『キル・ビル』の印象が強くて、すぐに クエンティン・タランティーノ監督の顔が浮かぶ。
アクションやラブ・シーンなど見どころが多く、ストーリィは斬新で面白い。なぜか全体的にチープな香りがするけれど、映画ファンには好きな空気です。どちらかと言うと劇場で観るよりは、自宅のテレビでゆっくり観たい映画ですね。
B 級スメル
映画には、「お約束」と呼ばれる場面があります。
たとえば、怪物やゾンビなどから逃げる際に、なかなか車のエンジンがかからず、「カモーン!」と叫んだりする。または、天才ハッカ(クラッカ)が政府のコンピュータに侵入する時の「カチャカチャカチャ……ビンゴ!」とか。
映画でお約束のパターンをジャンル別に挙げてください。 – Yahoo!知恵袋
この手の演出は王道ながら、使いすぎるとすぐに「B 級映画」の焼き印を押されます。でも、好きな人には、たまらない! 『ペイチェック』には、ハッキリとこれだと言える「お約束」は、あまり出てきません。しかし、どうにも B 級の空気が漂っている。
しいて挙げれば、「街なかでカー・チェイスをしていたのに、いつの間にか、誰もいない工場にたどり着く」場面が、本作品の「お約束」です。あとは、「銃撃戦では一度も負傷しなかった主人公」と「彼を相手にした敵のボスが、急に肉弾戦を挑む」も面白かった。
──ん? このノリはどこかで観たな……。
そうか、同じジョン・ウー監督の作品に、『ミッション:インポッシブル 2』があります。『M:I-2』も、都合よくアクションのしやすい場所で戦ったり、銃を捨てたりしていましたよね。あれも笑った。
私を忘れないで
主人公のマイケルがなくした記憶の中には、ヒロインであるレイチェルとの思い出も含まれています。これは本作品の主題ではありませんが、切なくて良かった。
一時期、「記憶をなくす悲劇」が大流行していましたね。自分も小説の『博士の愛した数式』と映画の『私の頭の中の消しゴム』を楽しみました。このテーマで作品を出すのは、もう禁じ手に近いでしょう。
このブログで何度か書いてきたとおり、自分が一番の恐怖を感じるのは、「身近な人間が(悪い方向へ)変わってしまうこと」です。これには、記憶障害や認知症も含まれる。
親や知人が、突然、自分のことを忘れたら──。想像するだけで、背筋がゾッとする。親の事情で引っ越しをする際に離れてしまった犬と数年ぶりに会ったら、「あやしい人物」として吠えられました。あれもショックだったなぁ……。
レイチェルも、さぞかし悲しかったことでしょう。それだけに、主人公を見捨てずにいた彼女が素晴らしかった。
そう言えば、前半から中盤のレイチェルは、女性らしくモタモタした動きだったのに、後半は生まれ変わったようにキビキビとアクションをこなします。ようやく体が温まってきて、『キル・ビル』での記憶(前世?)が蘇ったのかも。
マイケルの良きパートナであるジョーティー(ポール・ジアマッティ)は、独特な味のある面白い男でした。本当にいいヤツすぎて、逆に「もしかして最後に裏切るのでは……?」と思うくらいです。そういうミステリィ要素も欲しかったかも。
原題の意味
原題の Paycheck(報酬)からはストーリィが想像しにくくて、どうしてこんなタイトルなんだ? と疑問に思いました。毎度おなじみの Wikipedia で調べてみると、あの有名な SF 作家フィリップ・K・ディックが書いた『報酬』という原作があるそうです。
原作は 1952 年(!)という大昔なのに、リバースエンジニアリングの話が出てくる(のかな?)。これには、ただただ驚くばかりです。
Paycheck (short story) – Wikipedia, the free encyclopedia
矛盾点
天下のフィリップ・K・ディックにイチャモンをつけるわけではないし、原作でも同じだったかどうか知りませんが──、超一級のエンジニアであるマイケルの存在には、かなりの疑問が残る。
マイケル・ジェニングスくらいの技術力と独創性がある技術者なら、普通に高い給料を支払って雇えばいいのに、と思いました。たんに製品を解析・分析するだけではなくて、新製品を創り出すくらいですからね。
彼が数々の製品を解析して、すべての技術を集めれば──。この映画に出てきた機械よりも、もっと素晴らしい世界を生み出せたかもしれませんね。
余談
いつものように、今回もタイトルはゲーテの言葉(貴方がその夢を失くして、生きてゆけるかどうか考えなさい
)から借りパクしました。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言 – みんなの名言集
ゲーテが語ったこの言葉は、受け取った相手には生き方の道しるべになります。ゲーテの表面だけをマネるのではなく、自分の血肉としてこの言葉を出せるような、先生や上司と出会いたかった……。
今回のタイトルは、皮肉になっています(またかよ)。
前半のマイケルは、記憶と一緒に、夢も愛も売り払って生きていました。彼にはそれができましたが、この記事を読んだ人はどうか──、と問いかけているわけです。
自分なら──。