Perl 本いろいろ
現在、自分こと asiamoth は Perl のお勉強中である──
──が、勉強法が如何に間違っているかをさらけ出そうかと。
で、最初に結論を言うならば、プログラミングを学ぶなら「本を読むのもいいが、まずは手を動かす(コードを書く)のが大事」なのだなぁ、と。
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現在、自分こと asiamoth は Perl のお勉強中である──
──が、勉強法が如何に間違っているかをさらけ出そうかと。
で、最初に結論を言うならば、プログラミングを学ぶなら「本を読むのもいいが、まずは手を動かす(コードを書く)のが大事」なのだなぁ、と。
「ネガティブ」「ポジティブ」という言葉が日常的に使われるようになって久しいです。──が、ただ単に「明るい」「暗い」を言い換えているだけ、という人が多いようです。──でも、うーんと、それって本当に置換可能なのか? と前からモヤモヤしていました。
同じようにもやっとボールな人がいたようで。
ネガティブが「否定」とか「消極」って意味だから、ついポジティブは反対の「肯定」「積極」って意味に捉えられがちなんだけど、そうではないのだよね。
みたいな話を江原さんが、靴ひもが解けたときの対処で例えていた。
- 靴ひもが解けた
- 靴ひもを結ぶ
- →ポジティブ
- 靴ひもが解けたって前に行けるさ!
- →バカ(原文ママ)
深海魚のカタルシス – 誤ったポジティブ観
なるほど! と腑に落ちました。
是非とも深海魚のカタルシス – 誤ったポジティブ観にある「posit系・negate系」の意味が書いてある表もご覧ください。
「悩む」というだけで「ネガティブ」呼ばわりしている人は、「悩まない馬鹿」の事を「ポジティブ」と言っているに等しい──というのは言い過ぎですかね。でも、「ポジティブに悩む」という事もある、と考えられるだけでも少し認識が広がりますね。
(まぁ、ぶっちゃけ“positive”には「積極的な」という意味もあるので、“negative”の反対、と考えるのは問題無さそうだが)
そういえば、
「好きの反対は嫌いではなく、無関心」
てきな事を初めて聞いた時も、同じように膝射ちでした。世の中には「嫌いにすら、なってもらえない」という苦痛があるのだよ──ね?>若き日のオレ
「──って、きんじょのオジサンからきいたよ」
「ちがいますー。スキのはんたいはキライ、ってセンセーがゆってましたー」
「うう、いやでもさ」
「センセー、asiamoth くんがぁ、ヘンなこといってまーす!」
「(うわ、きらわれたかな……。でも、スキのはんたいはムシだよな……)」
──いや、ゴメン。そんな思い出は無いけどさ(記憶を捏造)。
突然何かを受信して、『PHP サイバーテロの技法──』を読み始めました。これがまた、面白い!
この本で特に面白いのは、「実際に攻撃してみましょう」というスタンスなのが楽しい。──と言っても、どこかの掲示板に悪意を持ったスクリプトを仕掛ける、というわけではなく、サンプルをダウンロードしてローカル環境で試すわけです。──もちろん、そこで得た知識で悪戯をしたくなるのも人情ですが──。
ぼくはまちちゃん! の「善意の悪戯」の数々を見て、どうやって脆弱性を見つけるのかな? と興味を持った方(それ何てオレ?)にお勧めしたいです。
まとめ記事の続きです。2006 年の私的まとめ・上半期 : 亜細亜ノ蛾 同様、世間様のことは全く無視して、このブログ内で書いたことだけを取り上げる、閉じた記事になっています。
夏の暑さにやられたのか、8 月から急に更新が増え、いつの間にか毎日更新に。ネタが無くても眠くても、無理矢理に書き続けました。──っていうほどつらかったわけじゃないですが。
記事を書くときにいつでも思うのが、何らかのきっかけ(95% が検索サイト経由)でこのブログを訪れた人が、「おっ!」とか「へぇー」とか「──なるほど!」と思うような何かを 1 つでも感じて欲しい、ということ。──で、そのためには必要以上の長文は不要なんだよなぁ、と。その上で、1 つの記事に 1 つか 2 つ、ちょっとしたユーモアやギャグを練り込みたい。1% の人が「くすっ」と笑うような。まぁ、そんな笑い方をする人自体、1% もいないと思うけど。
──というようなことは読み飛ばし、続きをどうぞ。
年末恒例のまとめ記事です。世間でのあれやこれやはさておき、このブログ内で起こったことや記事だけに焦点を当ててみます。とりあえず、今回は上半期・1 月から 6 月の記事からいくつか取り上げて、役に立たないコメントを付けました。残りは明日。
最初に書いておくと、2006 年上半期の私的ビッグニュースは「ブログを一つ閉鎖したこと」です。いまだにARTIFACT ―人工事実― : 衝撃の大場つぐみの正体 から「亜細亜ノ蛾 – ヘッドライン」の URL にアクセスがありますが、閉鎖しました。ヘッドラインへのアクセスは、この「亜細亜ノ蛾」にリダイレクトするようにしてあります。
ヘッドラインでは、いわゆるニュースサイトを MT で作ろう! と頑張りました。「記事の個別ページを作らず、月別(とカテゴリィ)アーカイブ、メイン・インデックスだけでブログを構築する」という、MT としては画期的なブログでした(自画自賛)。──が、個別ページがないと、記事のタイトルが「亜細亜ノ蛾 – ヘッドライン: 2004年09月 アーカイブ」などとなって、どの記事か見分けが付きにくいという欠点がありました。次第にその他の不満も募ってきたので、ヘッドラインとこのブログを合併しました。
──と無駄知識はこれくらいにして、2006 年上半期に書いた記事を振り返ってみます。
まず、導入部で書かれている、20 年まえに起こった悲劇が印象的です。子供ふたりがふざけて遊んでいたところ、一人が重傷を負い、一生、下半身が成長しなくなってしまいます。そこで、けがを負わせた子が、一生面倒を見ると誓うのです。
その後、20 年経った夏の終わり、「ロートレック荘」と呼ばれる別荘に訪れます。
ありがちな古い洋館(隠し扉もあるよ)に、ありがちな人々(お金持ちとか)が集い、ありがちに殺人事件(しかも連続)が起こる!(どぎゃーん!) ──などという陳腐な小説を、筒井康隆氏が書くわけもなく。淡々と、しかしじわじわと迫ってくるような文体で読ませます。
そして、やはり予想外の結末が書かれていました。──ミステリィで、「予想外の結末」ほど「想定内」なことはないのですが。
もしもこの小説が「はてなダイアリー」に書かれていたなら、「おとなり日記(小説)」には、あの作品とかあの作品とか……作者名を書いただけでもネタバレになりそうな小説が並ぶことでしょう。それくらい、トリックや小説の構造は、ミステリィファンにとってなじみのあるモノです(いやでも、あの作品を知らない人は度肝を抜かれるよなぁ……ぶつぶつ)。
しかし、圧巻なのがラスト。ここでも、ありがちに謎解きが行われるのですが──ちょっと、他では見たことがないくらい「丁寧な答え合わせ」になっています。ここまで徹底されると笑えてくるというか、パロディ小説と見ることすらできそう。
つまり、予想外なのはトリックよりも謎解き部分という、ひねった構造になっています。
そして、最後のほうで息を呑みました。──うーん、やっぱり凄い。何とも悲しい物語ですね。
自分は「レシピ本をぼーっと眺める」のが好きです。とくに、あまりなじみがない食材を使った料理──要するに食べる機会が少ない、高級料理なんかのレシピを眺めたりするのが面白い。──ショウウィンドウ越しにトランペットを眺める、みたいな感じでしょうか。
食べ物についての話を聞くのも好きです。自分は、あまり外食に行かないので、同じ世代の人と比べても、食べたことがあるものが少ないです。例えば──伊勢がすぐそば(といっても車で二時間)にあるのに、アワビを食べたことがなかったり。名古屋に行く機会はあっても、本場(?)の「味噌カツ」や「海老フリャー(名古屋人はそんなこと言わない)」は見たことすらないですね……。なので、人が食べたものについて語っている話を聞いて、世間にはそんな美味い物があるのか──と想像してみたり。
そんな自分と比べるのがおこがましいくらい、有りと有らゆる物を食べ尽くしてきた二人の対談本を読みました。
美味しんぼの原作者、雁屋哲氏はともかく、岸朝子さんは寡聞にして知らなかったのですが、凄い経歴の方なんですね(本文末に関連情報を載せました)……。「レシピ本」などというものがあるのも、ひょっとしたら彼女たちのおかげかも知れません。
まぁ、そういった肩書きより何より、岸さんの「歯に衣着せぬ」という表現がピッタリな話し方がすがすがしい。さすがの雁屋氏も押され気味──かと思ったら、「何方もどっち」だったという。
食に関する蘊蓄や、戦前・戦後の日本における過酷な食事情、『美味しんぼ』の舞台裏などが語られてます。岸さんも雁屋氏も、質を犠牲にして大量生産された食品について、いろいろと戦ってこられたそうです。『美味しんぼ』でも、何度か出てきていましたね。例えば、カップめんに「栄養表示」がされるようになったきっかけも、岸さんたちが言及したところが大きいそうです。──安全な「食」について真剣に考える人がいるおかげで、日本の食文化が(ギリギリのところで)守られているのでしょうね。