バクマン。 #132-4 「逆立ちと立て直し」 正攻法と落胆

『バクマン。』 132 ページ 「逆立ちと立て直し」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 24 号)

IT IS NOT THIS! コレジャナイロボ
ガッカリの代名詞も──今では うれしい)

今回の展開は、「追い込まれると火事場の馬鹿力が出る」というバトルマンガ的な発想だと思うけれど──、ほぼ不眠不休の上に食事も取らないのは、いくら何でも無謀すぎます。シュージンの体には、オートファジィが備わっているのでしょうか(『トリコ』ネタ)。

マネするマンガ家志望者が出そうでこわいなぁ……。

このブログでは 64 回くらい書いているけれど、マンガなどの創作物のマネをして、他人に迷惑をかけたり体を壊したりするのは、おバカさんのやることです。せめて、マンガのせいにはして欲しくない。

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バクマン。 #132-3 「逆立ちと立て直し」 ボツと花見

『バクマン。』 132 ページ 「逆立ちと立て直し」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 24 号)

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(いろんな意味で──花見をしている場合じゃない)

「ジャンプ」マンガの戦闘シーンが面白くない理由の一つは、登場人物の多さによる消化不良です。キャラを多く出すわりに一対一で戦う場合が多いので、残りの人が「解説・応援係」になってしまう。つまりは、どんなに良いキャラを創造しても、ぜんぶモブになる

HUNTER×HUNTER』は、毎回毎回が緊張の連続です。いくつもの場所で・複数の人物が・同時に戦っているから、ダレたりしない。

──なぜ、ほかのバトルマンガも、この方式を参考にしないのでしょうかね? いつまで「甲子園式・正々堂々としたトーナメント戦」をやっているのだろう。

また、長期的な連載をやっていると、たまには息抜きのような回も必要です。いつもいつもシリアスな展開よりも、ほのぼのとした話を入れたほうが、物語に広がりが出る。戦闘中まで息抜きしたり、技の説明ばかりだとダメですけどね……。

家庭教師ヒットマン REBORN!』や『Bleach』は、スタイリッシュな戦闘パートよりも、学園・日常編のほうが圧倒的に面白い。

つまりは、もっと三浦ハルを出すべきだ!

──もそうだけれど、亜城木夢叶の『PCP』が行き詰まっている現在、軽めの話を描いても面白いと思います。一度はボツ扱いにしていた「席替え大作戦」なんて、昔のサイコーと亜豆の姿を借りたら面白くなりそう。

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バクマン。 #132-2 「逆立ちと立て直し」 季節ネタと悪循環

『バクマン。』 132 ページ 「逆立ちと立て直し」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 24 号)

Santa's Entourage
(クリスマスが夏の国でも──サンタは頑張る)

あらすじだけを聞くと面白味のない話でも、演出しだいで楽しくなります。たとえば、今週の「ジャンプ」で言うと──:

──これだけで終わるけれど、どれも面白かった。

つまりは、シュージンが不調でも、サイコーの力でピンチを切り抜けられたはずです。しかし──、「作画が良くなって、順位が上がった」という話は、あまりにも少ない。暗かった『PCP』の絵柄を明るくした時くらいです(『バクマン。 (11)』)。

考えてみると、マンガを読んでいて「おっ、今回の絵は気合いが入っているな―」と気がついたことは、数えるほども ありません。逆に「今回の絵は ひどいな」と思うことは多い。

やはり、マンガには話の力が重要です。

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バクマン。 #132-1 「逆立ちと立て直し」 席替えと 2 話先

『バクマン。』 132 ページ 「逆立ちと立て直し」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 24 号)

Hmm, they weren't there yesterday
(庭先には──ニワトリが二羽いた)

シュージンは、久しぶりにスランプです。『PCP』の前身である『完全犯罪クラブ』に たどり着くまでにも苦労しましたが、「なんとしても連載を勝ち取る!」と燃えていました。

現在のように「何を書いたら良いのか分からない」という状態は、『走れ! 大発タント』以来です。あのころのシュージンは、とても苦しんでいた。しかし、やるだけの価値はあったと思います。

亜城木夢叶が発表した作品の中で、一番アニメに向いた作品は『タント』でした。ただ、シュージンの苦手なジャンルだから、どうやってもアニメ化はムリだったけれど……。

『PCP』の場合は、ほぼ完全にテレビアニメにはならない。まず、主題からしてスポンサがつきにくいし、模倣犯のせいで絶望的になりました。──そう分かった上で頑張る必要があるから、いっそう苦しい。

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第 9 地区 – 待ち続ける価値はあるのか

『第 9 地区』 (District 9)

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(ただただ──帰りを待つ日々)

本作品は、地球へ やって来た宇宙人と、彼らと接する人間を描いています。ジャンルで言えば「SF アクション映画」になってしまいますが、そういったカテゴライズでは くくれません。

この手の映画では、「地球外生物と人間との戦い」か「宇宙人と人間との心温まる交流」のどちらかを描写する──と相場が決まっています。ところが、『第 9 地区』は、「それ以外」の話を見事に描きました!

ぜひとも大勢の人に観て欲しい映画です!

ただし、いろんな方向へ「毒」を持った触手が伸びている作品であるため、鑑賞には心の準備をお忘れなく……。なにしろ、あのヨハネスブルクが舞台です。下のページで面白おかしく書かれている内容も、冗談は半分──もないと思う。

ヨハネスブルク – アンサイクロペディア

注目して欲しい部分は、人間の主人公──ヴィカス・ファン・デ・メルヴェシャールト・コプリー)が、とんでもなく性格が悪いことです。こんなに最後まで主役に感情移入も共感もできない作品は、ほかにはありません。

真の主役は、地球での名前をクリストファー・ジョンソンと名付けられたエイリアンです。ヴィカスよりも、人間らしい。演じたジェイソン・コープの姿は、本編ではいっさい見られませんが、大きな拍手を贈りましょう。

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アリス・イン・ワンダーランド – いつまでも夢見る乙女は霧に消え

『アリス・イン・ワンダーランド』 (Alice in Wonderland)

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(最後にハッキリと──白赤つけよう)

「へんてこりんの ぽんぽこりん」な人物ばかりが出てくる映画です。まさにティム・バートン監督らしい世界を描いた作品でした。なぜ、いままで彼が撮影していなかったのか、不思議に思うくらい。

本作品のストーリィは、世界的に有名な物語である(けれど自分は読んでいない)『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の後日談です。幼少のころに冒険した「不思議の国」を、成長したアリスが十数年ぶりに訪れて──という感じ。

まるで、以前に流行した「いつまでもオトナになりきれない人」を描いた作品のようですよね? 最後に「現実に帰れ!」と叫ばれそう。

ところが、この映画に出てくる主人公──アリス・キングスレーミア・ワシコウスカ)は現実的な考え方をしていて、「早く夢が覚めないかな」と思いながら冒険をする。しかも、ずっと──しかめっ面なのです。

こんなアリスは、見たことがない!

世に知られている原作をリメイクする場合は、現代的なテーマを盛り込むことが多いです。監督か脚本家の政治的な主張が見え隠れして、残念な結果に終わる映画もある。

『アリス・イン・ワンダーランド』は、そういった説教臭い面がありません。そこが良かった。

ジョニー・デップが演じるマッドハッター(タラント・ハイトップ)などの奇妙な登場人物や、不気味に美しい「アンダーランド」を眺めているだけでも面白い。家族や友だち・恋人と安心して楽しめる傑作です。

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魔法少女まどか☆マギカ BD/DVD 第 2 巻 – 2011/05/25 (水) 発売

『魔法少女まどか☆マギカ』 (PUELLA MAGI MADOKA MAGICA)

My First Cheddar
(チーズを用意しよう──「彼女」のために)

この作品の方向性が早くも見えてくる──運命の第 3 話がやってきます。良くも悪くも、『まど☆マギ』の印象で一番語られることが多いのは、第 3 話の「あのシーン」ではないでしょうか……。

もしも事前になんの情報も知らず、今回のディスクを初めて再生させる人がいたら、心の底からうらやましい! アナタの頭と自分の頭とを、取り換えたいくらいです!!

すでに本編を(何十回と)観た人も、修正・変更点が気になるところですね。これまた第 3 話で、魔女の手下を格好良く(銃で殴って)巴マミが倒す場面は、加筆されるのでしょうか?

参考: 【3話マミさんのスタイリッシュガンアクションの詳細】 ? Ciao! I am a harsh thug.

あとは、第 4 話の「腹パン」とか──ね。

このブログの感想記事

過去に自分が書いた感想は、下記のページからどうぞ:

魔法少女まどか☆マギカ 第 3・4 話 – 奇跡と魔法には恐怖が付き物 : 亜細亜ノ蛾

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バクマン。 #131-4 「模倣と無意識」 50 票とマネしていい事

『バクマン。』 131 ページ 「模倣と無意識」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 23 号)

50... no more... no less.jpg
(天才でも──簡単には超えられない数字)

新妻エイジは、ストライキ決行の時(『バクマン。 (6)』)に 1 億円くらいは持っている──と ほのめかしていました。そのわりには、あいかわらずドテラー(どてら + er)です。

エイジ:
「このドテラ エルメ■製で 80 万円くらいしますケド」

いや、彼の性格からして、「お金は使わないから すべて親に預けている」と言い出しそうなんですけどね。温厚そうな両親だったけれど、いまでは金遣いが荒くなって、エイジの稼ぎでも間に合わない──とかだったら面白い。

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バクマン。 #131-3 「模倣と無意識」 面白味とホワイトデー

『バクマン。』 131 ページ 「模倣と無意識」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 23 号)

!!!!!!!Muchas Gracias!!!!!!!!
(ホワイトデーには──面白い味のキャンディを)

自分が新しいマンガに手を出す場合は、絵で選びます。まず、「雑な絵」は却下する。どうも「ギャグマンガは絵が雑でも良い」という風潮が大正時代くらいからあって、そろそろ滅びて欲しい。

──いや、どちらかと言うと、「キミは絵が雑だから、ギャグマンガを描きなさい」という編集者がいるのではないか、と思うくらいです。そういう「ヘタウマ」から「ウマ」を引いたような絵は、ずば抜けたセンスを持った作家だけに許されるべきでしょう。

あとは、どうしても受け入れられない絵柄もある。これも「雑」に入りますが、「極端に ゆがんでいる絵」はダメです。意図的に「絵のウソをついた構図」は好きだけれど、不自然に狂ったパースは、パスしたい。(ドヤドヤァ

そうは言っても、苦手だった『カイジ』も今では大好きなマンガだから、最後には話の魅力が勝つ。絵から入って、話で決める──という感じです。これは、どんな人でも同じじゃないかな?

マンガもアニメも映画も小説も、すべてはストーリィの魅力で人を引っ張っていく。舞台は役者の力が観客を呼ぶそうだけれど、これも「役者の人生という物語」を観に来るのでしょう。

物語の力をマンガの世界で生かす可能性を信じて、シュージンはこれまでやって来ました。つまらない事件で、台なしにされませんように──。これは、すべての作家に対しても願うことです。

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バクマン。 #131-2 「模倣と無意識」 バレンタインとセキュリティ

『バクマン。』 131 ページ 「模倣と無意識」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 23 号)

Heart Of The Storm
(セキュリティ意識の高そうな──チョコの渡し方)

自分は、「マンガは、人を感動させられる芸術品である」と完全に思っています。しかし、一般的な出版物として販売しているのであれば、ある程度以上は商業的に成功する必要がある。

その点は、何もマンガだけの話ではなく、ほかの芸術──絵画や舞台・映画などと同じです。だから、「マンガなんて、金儲けのために描いているんだろ!」などと言う人がいたら、両方の手のひらを天に向けて・首をかたむけ・軽く息を吐けば済む。

「世間がなんと言おうと、自分の作品は これで良いのだ!」を貫きたいマンガ家も、同人誌で自費出版すれば良いのです。ただし、芸術とは表現者あるいは表現物と、鑑賞者とが相互に作用し合うことであるため、独りよがりでは成り立ちません。

鑑賞者あってこその芸術です。

参考: 芸術 – Wikipedia

現在、『バクマン。』でやっている話は、「模倣犯シリーズ」(命名: オレ)と言えるでしょう。「芸術品でもあり・商業作品でもあるマンガ」について、より深く追及する話になっていきそうです。

はたして、「表現の自由」は、本当に自由なのか……。

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