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Re: 「ネコプロトコル終了のお知らせ」

「ネコプロトコル終了のお知らせ」

なんとも残念なお知らせです──。

あとid:みんな。もうちょっと仲良くしろ。

あとあとid:非モテ。モテろ。

あとあとあとid:長期休筆のやつら。書け。

ではね。さよなら。

ネコプロトコル終了のお知らせ – ネコプロトコル

「ネコプロトコル」は、もう、本っ当ーに大好きなブログで、言及したことはあまりないのですが、それも「と、届かねェ! 手が出せねェ!」という至高の面白さゆえでした(じゃぁ言及したブログはそれほどでもないのか、とか野暮なことはお言いでないよ)。

ネコプロトコルネコプロトコル

「カオスルート – ネコプロトコル」も終了

ほぼ毎日タイトルが変わっていた、「カオスルート~」の方も終了です。

カオスルート - ネコプロトコルendカオスルート – ネコプロトコルend

ここの、極限まで無駄を省いたネタも大好きでした。たぶん、こちらは書き捨てるための場所だったんだろうと推測しますが、その書き捨てが「究極にして至高」という。どんだけ「文芸戦闘能力」高いんだよ!

まぁ、道聞かれた彼女と、その友達の女性とで(お酒を)飲んだ直後にブログ終了、という因果関係の追求が、今もどこかで行われているでしょう……。

さよならするのはつらいけど

それにしても、終了間際まで普通に更新されていたので、終了のお知らせを見ても、信じられませんでした。

それで、

「釣りですた! フヒヒ、サーセン !!」

とかゆって普通に再開、´∀`)σ)Д`) 「こいつ~」するのを三日ほど待ってみましたが──

id:nekoprotocol ことオーシマさんって、んなことしないよな、と。

ということで、さよならするのはつらいけど、ひとまず、お疲れ様でした! ありがとう! しばらくは過去ログ漁って楽しく過ごします。

イメージ映像: ニコニコ動画(RC2)‐らき☆すた最終回ドリフver.「さよならするのはつらいけど」

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「コピーブログ」問題に(ちょっと)対抗する「一行」

人気サイトとスパムサイト

以前から、各所でスパムサイトにブログ記事をコピーされるのが問題になっていました。

このブログ 1 万個分のアクセス数(もっとかも?)がある [mi]みたいもん! でも、スパムサイトに記事をコピーされるため、やむなく Feed の全文配信を止めたそうです。

RSSフィードを「概要のみ表示」に変更します:[mi]みたいもん!

読者にとってはちょっと残念ですが、でもまぁ……それでも見るよね?(笑)タイトルだけ配信に変わっても、読者の 9 割くらいは残るのでは、と簡単に想像できるのがうらやましい。

弾さんのブログも、フィードには概要──というか三行くらいしか文面がありません。しかし、小粒でもピリリと辛い的に「読みたくなる、いや読まざるを得ない」、うまい書き方なんだよなー。まったく、あやかりたいものです。

404 Blog Not Found の ATOM フィード

ということで、「フィードを概要にしても、面白いブログは読まれる」「コピペブログは●ね」という結論で、終~了~。

コピーサイトに対抗

──と終わってもいいですが……。

まるごとフィードをコピーされるのが許せない、しかし「概要のみ」にするのもイヤだ、という人は、ちょっといい方法を紹介。

いい感じ: Feedの変更、あれこれ…

要するに、「フィードの記事部分(<content:encoded>)の冒頭に、自分のサイトへのリンクを張っておく」という hack。これくらいなら、既存の読者も気にならないでしょう。

以前見かけた、「フィード全体を暗号化する」とか「パスワード認証制にする」よりは導入が簡単で、読者への負担も少ないですね。

オレも被害者 !?

何を隠そう、自分もスパムサイト(らしき所)で、たまに自分が書いた記事のコピーを見ます。こんな弱小ブログなのに……。

──だけど、見たところ半分くらいのコピーブログは、普通に自分のサイトへリンクが張ってあります。なんというか、ありがたく思えたりして(なんか騙されてる?)。

たぶん、「ブログ初心者」とか「トラックバック大好きさん」だったら、「リンクありがとうございます!」とか言って、スパムサイトへリンクを張ったりトラックバックを送ったりするんだろうな、と想像します。

まぁ、ぶっちゃけ、コピーサイトにコピられて困るような記事を書いているのか、自問自答すると(ry


『小説作法』 スティーヴン・キング

『スティーヴン・キング 小説作法』

結城浩のはてな日記 – 『数学ガール』を紹介するスレ / 文章を書く本の話で、結城浩さんが紹介している『小説作法』を読みました。自分も、好き勝手に書いているブログ書きとはいえ、「文章を書く者」のひとり。この本から多くのことを学びました。

photo

小説作法
スティーヴン・キング Stephen King 池 央耿
アーティストハウス 2001-10-26

ベストセラー小説の書き方 ミステリーの書き方 ローレンス・ブロックのベストセラー作家入門 The Elements of Style (Elements of Style) デッド・ゾーン〈上〉

by G-Tools , 2007/06/22

残念ながら絶版で、文庫化もされていません。自分は図書館で借りました。上の書影とは違い、表紙はキングがこちらを見つめる写真です。近くに置いておきたい一冊なので、なんとか手に入れたいところ。

結城浩さんのレビュー

同じく結城浩さんが書いた、下記のレビューもわかりやすいです。

スティーブン・キング『小説作法』

──あまりにわかりやすいので、自分が本書の記事を書く意味ってなんだろう? と自問したり……。なんとか、違う切り口で書くことにします。

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「おいしいコーヒー個人的まとめ」と「冷めた珈琲に塩」

美味しいコーヒーが飲みたい!

すべてを捨ててもコーヒーだけは捨てられないとか、美味しい珈琲のためにはどこへでも飛んで駆けつけるとか、コーヒーのためなら金に糸目をつけないとか──までは思いませんが、美味しいコーヒーは大好きです。なんとなく、ブログ書きにはコーヒー好きが多そうな気がします。実際はどうでしょうか?

食べ物で最も好きなニオイの1位は「コーヒー」 – GIGAZINE というのも興味深い調査結果です。コーヒーの苦みが苦手、という人は多そうですが、香りは好かれるのですね。(ちなみに、コーヒーが苦いとかカレーが辛いとか言う大人は fxxk だと個人的に思う)

最近は特にコーヒー熱が高くなってきたので、美味しいコーヒーの情報を探しています。たとえば数日前に書いた下記の記事。

森博嗣さん愛用のコーヒーメーカを探せ!(見つかった) : 亜細亜ノ蛾

──まぁ、いまの自分の環境で森博嗣氏愛用のコーヒーメーカを買うと、コーヒー代がエンゲル係数を急上昇! になりそうですね……。

おいしいコーヒー個人的まとめ

さて、美味しいコーヒーといえば、しばらく前に読んだ下記の記事が抜群に面白い!

おいしいコーヒー個人的まとめ

まず、次の二行が目からウロコ。

title="おいしいコーヒー個人的まとめ">

【おいしさの重要度】

淹れたて>挽きたて>>炒りたて>>>>>豆のブランド

おいしいコーヒー個人的まとめ

つまり、もの凄くかみ砕くと「手間ひまかけたほうが美味しい」というわけですね。淹れる前に挽くことと飲む分だけ少しずつ淹れることが大事。

その他、高級豆よりも売れ筋の安い豆のほうが実はおいしい、など、一行一行の情報密度が高い! これを書いた人が、いかに試行錯誤していまの領域に辿り着いたかが、文章から香ってきます。

この文章、匿名だからこそ書けるという内容ではないので、できれば匿名ではなく誰が書いたのかが判るように、個人のブログで読みたかったです。この人が語る「麦茶」などの話も聞いてみたい。

これほどズバッと断言している文章は、読んでいて気持ちがいいです。見習わねば……。それに、コレくらいの文量が、自分にとって一番読みやすいです。ぱっと見て「あとで読む」タグを付けて忘れてしまう記事もあるのに、この記事はまた何度も読みたくなります。

冷めた珈琲に塩

そういえばその昔、番組名に「無い無い、の反対」という単語が入る TV 番組で「冷めて酸っぱくなったコーヒーに塩を少量入れると美味しくなる」という情報が放送されました。なるほど、それはいい情報だ、と一瞬思ったのですが──

そもそも「冷めて酸っぱくなる」コーヒー自体、どうだろう、とも思いました。自分が普段飲んでいるコーヒーは、購入するのに会員登録が必要です。それほど高価ではないですが高級なコーヒーで、冷めても酸味は出ません。試しに少量の食塩を入れてみましたが、じゃっかん渋みが増した、程度でした。

しかし、外出先の喫茶店などで、冷めたコーヒーを飲まなければならない状況では、ちょっぴり使えるトリビアですね。


がばいばあちゃんとタモリさんから(勝手に)学んだこと

『がばいばあちゃん』

今日の「笑っていいとも!」に島田洋七さんが出演していました。テレホンショッキングにゲスト出演したのは、じつに 19 年ぶりとのこと。『がばいばあちゃん』の宣伝も兼ねて、祖母との思い出を語っていました。

佐賀のがばいばあちゃん – Wikipedia

洋七さんが少年時代に暮らしたおばあさんの家は TV も何もなく、寒い夜は囲炉裏を二人で囲んで「20cm 前はばあちゃんの顔だった」そうです。そういった情景がいまでもスラスラと出てくるので書籍化した、とのこと。本を出せたのはばあちゃんの他には何もなかった環境のおかげ、とも言えるわけです。

そうした昔の思い出を語る洋七さんに対し、タモリさんが語った一言が印象深かったです。

昔のことをよく覚えているのは、昔はそれほど何もなかったから

こ、これは深えェー! ──どういうことかというと……。

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そろそろ Twitter についてひとこと言っとくか

Twitter について、か?

タイトルは釣り、というほどでもないけれど、ツイッタ(森博嗣風)そのものよりは、ネット全体についての話。

Twitter: What are you doing?

何となく、昨日今日とブログに書きたいことがネットで見つからなかったので、結城浩さんがたまに書く自動書記のような感じで書いてみよう。

── Twitter って、5 年後くらいに、

「そういえば昔、Twitter とか、あったよねー」

「そうそう。あんな、個人情報垂れ流しなこと、よくやってたなー」

──とか言われてそう。

「個人情報」というとおおげさかも、だけど、自分の行動を事細かに世界に向けて発信する、というのがどうも……。特に「今日は○○へ行った」というのを書いている人。まぁ、人によっては、そういうのは気にならないだろうし、なんだったら個人情報が漏れても キニシナイ!! という人も多そう。リアルで会う機会を求めている人なら、なおさら。

そう、Twitter に感じる違和感──いや、ひょっとすると嫌悪感・拒否感を感じるのは、その「コミュニケーションを求める」ところかも。どうにも、「ネットを経由してコミュニケーションを求める」のが、苦手。嫌いというより、苦手なんだなー。mixi も、出逢いを求めるためではなく、けっきょく自分の場合は場所を変えてブログ(日記)を書いているだけだし。

ちょっと思い出したのが、5 年ほど前にネットで知り合った人と、掲示板でやり取りをしていた頃の事。そこに自分が書いた発言で、ちょっとした炎上になった。いまでは、あの掲示板でのできごとは、自分の中で笑い話というか、ほとんど忘れてしまった。さらに、その掲示板の管理人さんを mixi で見つけ(ありがち)、いまではマイミクさんになっている。

しかし、「ネット上のコミュニケーションって、難しいね!」という感覚は、いまでも残っている。どこかにコメントするときも、否定的な事は一切書かない、書けない。それが、結果的に相手のためになったとしても(目を覚ますような事を言ってあげたい人って、いるよね?)。

そう、たぶん、その「コミュニケーションの難しさ」や「コミュニケーションに費やすエネルギィ」を極力減らして楽にコミュニケーションを取ろう、というのが実現できるのが、Twitter や mixi なのだろう。その上、そこ以外では知り合えないような人たちと出会える(可能性がある)し。

しかし、5 年前には考えられないような技術が次々に出る一方、Twitter やブログや mixi って、結局「昔からある掲示板やチャット」と大差がない、とも言える。底にあるのは「自分の発言を特定・不特定の人に伝えたい」ということ。それは、人間が人間である限り、変わらないはず。

まとめ

ということで、これから 5 年後にも、「いまでは考えられないような技術」が使われた「要するに掲示板とかチャット」が流行っているのだろうな……。


森博嗣氏の「中古品の著作権」補足記事

「中古品の著作権」補足記事

森博嗣氏の「中古品の著作権」について : 亜細亜ノ蛾 で取り上げた記事、森先生が自ら補足記事を書いておられました。

おおむね、自分が読み取ったとおり。特に、下記の部分。

「もう森博嗣なんか金輪際読むものか!」と本を山積みにして燃やされたとしたら、そちらの方が、ブックオフや図書館よりは、多少良い状態かな、とは思うけれど……。

この文章から「図書館で借りたり、古書店で本を買ったりするくらいなら、本を燃やしてほしい」という意味に取る人がいた(誤解した人からのメールは1通もなく、伝聞のメールが数通来ただけだが)。このMLAの文章は、僕以外の人間が3日間でチェックをしていて、「ここは誤解を招きそうだが、いかがか?」との指摘もときどき受ける。でも、その誤解が面白いのだから、やめられない(笑)。今回も、思わず笑ってしまった。いや、いるかもね、とは予想していたけれど、本当にいるのだ。世の中の人間には幅があって愉快だ。この幅こそが人類の財産といえるかもしれない。

MORI LOG ACADEMY: 若いヒーロと読解力

まぁ、この書き方も先生らしい感じ。また、いくつか反感を買いそうだな──とファンはにやけ顔で心配するフリをする。

今回のような、誤読されることを予測しながら書く、ということは以前から語っていますね。

MORI LOG ACADEMY: 予想される誤読

森博嗣流? 喧嘩の極意

ここで文章の流れを無視して、森博嗣さんの著作から引用してみます。小説のキャラクタが語った、いわば「喧嘩の極意」です。

「喧嘩したかったらね、もっと陰湿にやりなさいよ。そんな開けっぴろげで公明正大な喧嘩は鬱陶しいだけ。もっと執拗に計画的に徹底的に、相手に肉体的かつ精神的ダメージを的確に与える事だけに集中する。その場では笑って相手を油断させておいて、夜になったらこっそり行動開始。一撃必中、即離脱。わかった?」

六人の超音波科学者

こういった思考ができる人だから、ブログ記事にして喧嘩を売るつもりならその覚悟でどうぞ──という事が言いたいわけでは、ありません。これはあくまで、想像上のキャラクタがしゃべったことだから──。

ところで、このセリフを語った状況が面白い。知人同士で喧嘩しているのを女性科学者がたしなめるのですが、その知人というのが、「女装が趣味の男子大学生」と彼の女友達。──なんか、未読の方にこの状況だけ提示して、著者にどんなイメージを持ったか、聞いてみたいような、そうでもないような。


森博嗣氏の「中古品の著作権」について

「中古品の著作権」

そろそろ沈静化したようなので書こうかな。

MORI LOG ACADEMY: 中古品の著作権

著作権について書かれた記事で、中古販売や図書券で貸し出す際にもコンテンツに対する著作権料を支払うのが道理ではないだろうか、という話。

この記事が、ちょっぴり炎上っぽくなっていました。──といっても森博嗣さんのブログではコメント欄がないので、はてなブックマークなどで。

はてなブックマーク – MORI LOG ACADEMY: 中古品の著作権

この話自体は少し前から似たようなことを聞きますが、それにしては「よくある話」で終わらせない人が多いような……。感情的になって批判、というか文句を言う人もいたり。

「本を山積みにして燃やす」

下記の部分に噛みついている人がたくさんいる、という印象。

ただし、僕自身はまったく気にならない。自分の本が中古で売られようが、図書館でただで読まれようが、まったく気にならない(図書館よりは、中古販売の方が少しましか)。たとえば、「もう森博嗣なんか金輪際読むものか!」と本を山積みにして燃やされたとしたら、そちらの方が、古本屋や図書館よりは、多少良い状態かな、とは正直思うけれど……。

MORI LOG ACADEMY: 中古品の著作権

自分なりに、この段落の真意を考えてみました。

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森博嗣はブックマーカ(だったら面白いな、という妄想)

「何のために書くのか」

「文章を書くこと」について、森博嗣さんがブログで語っています。

MORI LOG ACADEMY: 何のために書くのか

最後の一行で深く考えさせられます。

ちなみに、世の中に一番数多く溢れかえっている文章とは、「僕はこんなに良い人ですよ」という趣旨のものだ。

MORI LOG ACADEMY: 何のために書くのか

当然、「お前はどうなんだ!」という反論が予想できますが、このように返されるところまで想像できます。

なにかについて非難をすると、それを言っている人が、自分はそうではないと主張しているように受け取られることが多い。(……)

自分を棚に上げた意見は、筋が通らないのだろうか。

MORI LOG ACADEMY: 立場を離れた意見

そこまで考えて読むと、次の主張が納得できるわけです。

万人が納得する当たり前の意見を書くことよりも、「こいつの言っていることは、ちょっと変だ。しかし気になるから、また読んでみよう」と思わせる文章、だいたいは納得できるものの、一部だけ、「そうかな?」と反論したくなる文章、読んでいるだけで刺激的で、これまでになかった思考に触れられる文章、そんな「読みもの」こそがプロの仕事である。訴えたい意見、正しい見識、知識の披露が主目的ではない。

MORI LOG ACADEMY: 何のために書くのか

まぁ、「MORI LOG ACADEMY」が書籍化されることを前提としたブログである(つまり、プロがお金をもらって書いている)ということと、森博嗣さんを知らない人が読むと、ちょっと誤解しそうな記事ですね。

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『使える読書』 齋藤孝・著 声に出して読みたい引用文

本が好き

自分が漠然と「ひょっとしたら本を読むのが好きかも知れない」と思ったのが二十歳すぎ。何かを受信していきなり京極夏彦さんに手を出して(BL てきな意味ではなく)ハマって以来、「趣味」のひとつに「読書」を挙げることが多くなりました。

今回は、その「漠然と好きな読書」を、使える読書に変える手がかりが書かれた一冊を紹介します。

使える読書

『使える読書』の冒頭には、本書の「取扱説明書」が 30 ページに渡って書かれています。ズバリ!この 30 ページに、

本をひとつ読んで、考えをひとつ得る、アイデアをひとつ得る、それを何かに応用できる形で自分に刻んでおく

『使える読書』 p.9

というのをどうやって実践するか、その方法が詰まっています。思わず「声に出して読みたい一文」を摘出するように読む、というのを意識するだけでも、読書に対する姿勢が変わってきます。

この中には「本一冊を 30 分で読んで 3 分で話す」という状況が提示してあります。本書は、「使える読書」の方法については 30 ページでまとめられているので、30 分で読むことが簡単にできるように作られているわけです。

書評が面白い

では残りのページはなんなのかというと、斎藤孝さんが読んだ本の書評になっています。まさに「使える読書」の実践編なのですが、これが、とんでもなく面白い!

ブログで見る書評のほとんどが「あらすじを書いただけ」なのに対し、本書では「その本からなにを得たか?」を中心に書かれています。本を読んで、自分の実体験を思い出したり、健康法を実施したり──。

そう、本を一冊読んでなにも得られるものがなかったら、その本を読むだけの意味がないわけです。これから書評を書くときは、自分がその本からなにを掴んだのかに重点を置いて書くことにします。

シビレた一文

この、「取扱説明書」からは引用したい至言が毎ページ毎ページ出てくるのですが、中でもシビレたのがコレ。

たとえば、僕はゲーテはニーチェについて本に書きますが、ゲーテにびびっていたら、ひれ伏しているようなものしか書けなくなっちゃう。

『使える読書』 p.17

これは深い。ゲーテやニーチェに敬意を払いつつも、彼らからエッセンスをいただくときは、骨までしゃぶる気で使い倒す!その時の注意点も書いてあって、これがまた親切で解りやすい。

ブログについて

そして、ブログについても語っています。

ブログの巧拙のカギはやはりスタイルにあります。「自らを制限する技術が最も重要である」とはゲーテの言葉ですが(……)、なにに食い込むのかをクリアにしないと、「読み物」にはならないことがよくわかります。

『使える読書』 p.28

ブログは好き勝手書けることが魅力ですが、自分のスタイルがないと長続きしません。「スタイルを決めないのが、マイ・スタイル」とカッコつけるのは、よっぽどの個性がないと難しいです。じゃあ、自分・asiamoth のスタイルはなんなのか、というと──

──おっと、そろそろ「字数制限」に引っ掛かったので、この辺で。