セブン – この悪夢を体験すれば彼を理解した──と思えるのか?

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『セブン』 (Se7en)

project 365: day 227
(ハートが奪われるような──赤く染まる「7」)

至高のサスペンス・ホラーです!

この作品は有名すぎて、未見の人はすくないでしょうね。まだこの「究極の悪夢」を体験していない人は、お正月映画にピッタリです!(もう、正月気分も終わっているケド)


主役は 2 人で、退職を目前にひかえた刑事: ウィリアム・サマセット(モーガン・フリーマン)と、血気盛んな若手刑事: デイヴィッド・ミルズ(ブラッド・ピット)との対比が面白い。

この配役なら普通は、サマセットは指導する役に徹して、ミルズを主人公にするはず。2 人とも大スターだけれど、なにより引退が間近の刑事役だし──、フリーマンはシブすぎる。

ところが、監督のデヴィッド・フィンチャー自身が語っているように、「『セブン』はサマセットの物語」なのです。この刑事が、何を見て何を考えるのか──。そこが見どころです。


タイトルになっている『セブン』とは、「七つの大罪」を指している。連続殺人犯が、「大食・強欲・怠惰──」を犯した(と犯人が思い込んでいる)人たちを「罰して」いきます。──過剰すぎるやり方で。

七つの大罪 – Wikipedia

犯人に「裁かれた」被害者たちのグロテスクな姿が、強く強くあとに残る映画です。しかし、もっと忘れられない最悪のできごとが、最後におこるのでした──。

自分の大切な人と一緒に観て、ぜひとも感想を話し合って欲しい映画です。自分が○○だったら、どうするか──と。登場人物が極端にすくなくして、ていねいに描いてある作品なので、感情移入もしやすいです。

でも、相手が「箱の中身はなんだったの?」などと言う──ちょっと抜けた人だったら、むずかしいけれど……。

狂気から目をそむけた老刑事

モーガン・フリーマンは、最近では『ダークナイト』や『ウォンテッド』で貫禄を見せつけました。この 2 作品のように、「主人公をうらから操るボス」役がピッタリな彼です。

彼が出てくると、画面がビシッと締まりますね。かなり役を作り込んでから挑む人らしいので、共演者も緊張感を強いられるでしょう。上記の作品でも、モーガン・フリーマンは、主人公を食いかねない勢いがありました。


本作品での彼は、ほかの映画とは印象が異なります。

刑事役なのに、それほど捜査に乗り気ではない。退職まで 7 日間なのに、凶悪な殺人犯を追いたくないのです。そんな「辞める気マンマン」のサマセットだけど、前途有望な若者──ミルズを未来へ導くために、イヤイヤ捜査を続行する──。

サマセットは、ひねくれているのです!

なんだかんだ言ってミルズと事件につき合うサマセットですが、それは正義の心からではありません。事件から──仕事から──狂った街から、逃げようとしている。


面白みのない人物のようでいて、サマセットにはユーモアもあります。ミルズの家で冗談を言う場面が良かった。最初は苦笑していたミルズ夫妻も、つられて爆笑する。自分も大笑いしました。

後半に出てくる「サマセットとミルズが並んで、胸毛を剃る場面」も笑えます。今度はミルズがジョークを言って、軽くサマセットが受け止めている。2 人の親密さがよく出ています。

笑ったまま終われたら、良かったけれど。

怒れる刑事

ミルズを演じたブラッド・ピットは、最高の演技を見せてくれました! 音声解説で、彼自身もそう言っています。

ブラッド・ピットには、傷つきやすい青年役が似合う。ただし、傷をつけられるだけではなく、過酷な状況の中で必死になって生きていく。

『セブン』の彼が好きなら、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』も気に入るはずです。繊細でありながら激情にかられる吸血鬼は、じつに美しかった……!


今回のブラッド・ピットは、感情にまかせて生きる若き刑事を、見事に演じています。1 日に 64 回は「ちくしょう!」と叫んでいる感じ。「頭が温かい人用の言葉」ですが、彼が言うとサマになりますね。

クライマックスの演技が見ものです。怒りと悲しみの感情が入り交じって、自分が制御できない表情を完全に演じている。

美しい妻

トレイシー・ミルズ(グウィネス・パルトロー)が素晴らしい! 全体的に暗いふんいきと映像の中で、彼女が出てくるとパッと明るくなりますね。

さしずめ彼女は、荒野に咲く愛らしい野花──と言いたいところですが、じっさいには、暴走する車が行き交う道路のそばに植えられている。だからこそ、一段と美しく見えます。


トレイシーは、自分の夫が働き始めた職場へ、仕事中に電話をしてきて、先輩刑事を夕飯に誘う。そして、そのサマセットと2 人きりで会ったりもする(夫には内緒で)。

とても「非常識」な行動ですよね?

ではなぜ、この若奥さまがこのような行為に至ったのか──を考えて欲しいです。

彼女が引っ越してきた(名もなき)街が、いかに荒れているかが分かる。どれだけトレイシーが不安に思っているのか、上手に演出・演技しています。

グウィネス・パルトローは、泣き顔も美しかった!


出世するために都会へと出てきたミルズは、結果的にトレイシーを悲しませます。しかし、トレイシーを幸せにしようとするミルズの気持ちは、よく分かりますね! 観客(自分)まで、彼女を守りたくなる。

映画のヒロインは、「『守ってあげたい!』と主人公に思わせる魅力」が必要不可欠だと思う。トレイシーは、満点ですね! はかなげな表情で、画面を彩っている。

この点から見ても、『ミスト』は落第です。

ミスト – 「いかがでした?」「あれが本だったら、壁に投げただろう」 : 亜細亜ノ蛾

最悪の罪と罰

監督や俳優・脚本家が解説する音声が、DVD とブルーレイに収録されています。これが面白い! 意外な裏話がたくさん聞けます。エンディングは、何種類もあったらしい。

解説によると、警察たちの「怠惰」(たいだ)に犯人は怒っているそうです。そこで、下のことについて納得しました。

「怠惰」の罰が重すぎる!

彼だけは、ずっと生き地獄を味わう(あと 1 つを除けば)。いや、幸いなことに、地獄を認識することもできないのか──。それにしても、ひどい状態でした。

「七つの大罪」の中では、自分は間違いなく「怠惰」の罪を 1 番深く犯している。逆に言うと、そのほかの罪(というか感情)は薄いのですが、あの犯人なら許さないだろうな……。

犯人の正体は?

『セブン』を不朽の名作にしているのは、犯人が正体不明であるところも大きいです。──いや、犯人の姿も名前も「画面には映っている」。どうやら、「特別な人間」でもないようです。

それなのに──、彼のことはさっぱり分からない!


一般的に、異常な犯罪者が異常な犯罪を犯した場合には、「動機」が重要です。なぜか、多くの人が凶悪犯に「なぜ!?」を突きつけたがる。なんとなく大多数が納得がいくような「理由」をでっち上げて、事件は忘れられていく。

自分には、理解はできても共感はできない感覚です。

そういえば、作品には「感情移入」を望むものですが、「共感」と混同している人も多い。両者は切り離して考えるべきです。サマセットやミルズの感情は画面から伝わってくるけれど、共感できないところが大部分でしたね。


『セブン』の犯人には、感情移入も共感もできません

本当に、犯人は何を考えているのかが、まるで分からないのです。これがすごい! たとえば、10 年近くも自分は犯人のことを「几帳面な人物」と思っていました。つい最近 DVD を見直してみると、どこにも几帳面な要素はない。

犯人の部屋にはノートが無造作に置かれているし、内容も思いつくままに記録している。「指の手入れ」も、血だらけで汚い。このあたりは、オープニング・クレジットで素晴らしく表現していました。

一年以上前から続けていた計画を、あっさりと途中で変更する点も不思議です。辛抱強いわりに気まぐれで、手がつけられません。まさに、「異常の中の異常」だ。

日本でこの手の猟奇殺人犯を描こうとすると、決まって「きっちりさん」(『さよなら絶望先生』)です。どちらかと言うと、サマセットのほうがイメージに合っている。

美しく汚れた音楽

どこを切ってもエクセレントな顔の、金太郎あめみたいな映画です。音楽も素晴らしくて、15 年以上も前の映画とは思えません。

オープニング・クレジットでは静かなアレンジになっているナイン・インチ・ネイルズの『Closer』は、ぜひとも原曲のプロモーション・ビデオを観てください!

この 1 曲で、自分は NIN にハマりました。『セブン』の犯人と同じように、よく分からない・気持ち悪い感じがたまらない。

YouTube – Nine Inch Nails – Closer

エンディングは、デヴィッド・ボウイがわざと調子を外した感じで『Hearts filthy lesson』を歌う。こちらの PV も、『セブン』のイメージそのままですね。

YouTube – David Bowie – Hearts filthy lesson HQ


図書館で流れる『G 線上のアリア』は効果的でした。血なまぐさい事件の合間に、美しい旋律で心が安まります。この曲はあまりにも有名で、さまざまな場所で使われていますね。

G線上のアリア – Wikipedia

まったく逆に、通常では考えられないような場面に使って成功したのが、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』です。劇場でこの曲が流れてきた時には、背筋がゾッとしました。

あまりにも悲しくて美しくて、涙が出る。

終わりに

SAW』の犯人であるジグソウ・キラーも、1 作目の時点では何がしたいのかが、よく分からなかった。シリーズが進むにつれて、だんだんと大きな計画が見えてくる。

ソウ (SAW) – この一作から映画史の新しい時代が始まる : 亜細亜ノ蛾

『セブン』と比べると、ジグソウはずいぶんと分かりやすく描かれていますね。それでも、共感はできませんが……。


『セブン』も『SAW』も、いくらでも書きたいことのある作品です。5 年後・10 年後は、違う感想を持っているかもしれない。その時には、また感想を書きます。一度だけで語り尽くせるような厚みの作品ではありません。

余談

今回のタイトルも、ゲーテからの引用です。

経験したことは理解した、と思いこんでいる人がたくさんいる。

受験哲学名言集

この作品の犯人を理解しようとする行為には、終わりがない。たぶん、脚本家も理詰めで考えていない部分があるはずです。

分からないことは分からないまま、うのみにするほうが良いこともある。のめり込んでしまうと、犯人のようになるかもしれません……。